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MJ 

芸能ニュースについて書くのはあんま好きじゃないんだけど、
マイケルジャクソンへの追悼がFaceBook中のステータスをジャックしてるので、
私も普段別にファンでも何でもないのに、雰囲気と波にのってMJの事をいろいろと思いだしてみました。
ただ別にファンじゃないから、スリラーとムーンウォークとか整形とか遊園地まがいの自宅だとか、そういう断片的な知識しか出てこず。・・・ファンじゃない人間の頭にこんなどうでもいい情報をこびりつかせるだなんて、メディアの威力すごいねぇ。あー話がそれる



私の中で、MJといえばこの曲!っていうのがあることを思い出したんだけど
その曲ってのが、スリラーでもBadでもなく、{heal the world}。
イギリス時代のことを思い出すと、必ず脳内BGMの一曲として浮かぶ曲なんです。

ようつべですがこんな曲です→http://www.youtube.com/watch?v=N2HHdkeOxhg
好きな動画です。



がきんちょの頃、イギリスに住んでたんですが、そのころちょうどボスニア紛争とかアフリカの飢餓とかが問題になっててね。
キリスト教の学校だったからかそれともお国柄的なのか、学校で、小学生相手の授業で結構そういう話をしてました。
加えて私の記憶が確かなら、うちの父が結構ボスニアの話とかをしてくれる人で。深い意味はなかったのかもしれないけど、
自分と違う姿形をして自分と違う言語をしゃべる異星人みたいな人たちに囲まれて、「自分の世界」以外にも世界があるって現実を突き付けられてた子供としては、そんな話も非常に大きな情報として、心に残ったみたいです。
娘は歳をとると父親とガチで話をしなくなるので、世界情勢への内心のつぶやきをもらす父の姿は、仕事とゴルフと母以外に興味がなさそうな父の姿とはあんま結びつかず、「記憶のねつ造じゃねぇのん」と弟とへらへら笑ったりとかしてたんですが
今の父は私たちの側が変えてしまったのかもしれないなぁともちらっと思ったり。誰のために仕事してんだっつのなぁ。そりゃ娘があんだけ反抗期きつけりゃ国際情勢どころか天気の話もしたくなくなるわ
っていかんまた話がそれた


で、そうそう、そういう、自分以外の人が「外」にいて、自分の同じぐらいの歳の子が、ごはん食べらんなかったり家がなかったりするんだ?なんで?
小学生の頭でどこまで理解してたかといえば、勿論感情論的な範囲の話でしかなかったんだろうけど、
だからこそ、ラジオでMJのHeal the Worldを聞いた時は、素直にすっと、感動したんだと思います。
英語覚えたての子供の頭で、やっと理解できるシンプルな歌詞。繰り返し繰り返し歌われるフレーズ。
世界をもっといいところにしようよ、君と僕と、他のみんなのために。知らないところで死んでる人がいるんだ、もし生きる人々を大切に想うなら、世界をもっともっといいところにしようよ。君と僕のために。・・・と歌う歌。
ストレートな感情の歌で、おとなになって聞くと「わかる、でもね」となんとなく素直に言葉通り受け取れないこともありそうだけど
子供のときに聞いたからこそ、歌詞の言葉ひとつひとつを、言葉通りに吸収することができたのかもしれない。



Heal The World
Make It A Better Place
For You And For Me
And The Entire Human Race
There Are People Dying
If You Care Enough
For The Living
Make A Better Place
For You And For Me

And The Dream We Were
Conceived In
Will Reveal A Joyful Face
And The World We
Once Believed In
Will Shine Again In Grace
Then Why Do We Keep
Strangling Life
Wound This Earth
Crucify Its Soul
Though It's Plain To See
This World Is Heavenly
Be God's Glow

We Could Fly So High
Let Our Spirits Never Die
In My Heart
I Feel You Are All
My Brothers
Create A World With
No Fear
Together We'll Cry
Happy Tears
See The Nations Turn
Their Swords
Into Plowshares

We Could Really Get There
If You Cared Enough
For The Living
Make A Little Space
To Make A Better Place...



。。。。MJはスキャンダル多き人だったので、あんな事やそんな噂やあんな疑惑があるやつが、こんなきれいな歌歌っても興ざめだわ!とかいう人もいそうだけど
歌手と歌はね。別もんよね。
この歌が頭の中に大事な「考え方」として定着したからといって、その後劇的にMJのファンになるとかは全然なく、むしろこの歌の他にはスリラーぐらいしか知らないんですが
歌を残してくれてありがとうという思いはある。
だから結局、追悼に落ち着くんですかね。みんな、そんな感じなんだろうか。どこかでやっぱり、彼の歌から想う事が、あったんだろうか。





世界を、BETTERに。比較級。
今日と比べて、明日をよりよい日に。
君と僕と、それから世界のために・・・だんだんできることを広げていけよ。てね。
what can i do to make things better for our world??
who can i help and where should i go?
What exactly is a BETTER world?
子供時代の問いに、素直に疑問に思ったようなこと。それらに答えるための、おとなの日々なのかな。って、最近思う。


で、その為に私がいま何をやってるかというと
見事に何もしてないことに今ちょっと頭がくらっとした。ふ・・・はは・・・いつまで「就職決まって糸がきれたタコになってます」の言い訳が通用すると思ってんだこのド低脳が(わかる人にはわかるネタ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自分の経験と思考の間の因果関係は、なかなか自分の主観を離れて構築されることがないから、これもこじつけかもしれないんだけど。
就職活動時期に非常に思ったこととしては、
子供時代の刷り込みは、非常にわたしの人格形成に影響したんじゃないかん。ということです。
「ノブリスオブリジュ」の考え方には賛否両論あって、実際その主張には傲慢さも垣間見れますが、
単純に、何かをできる者が、それを必要としてるけれどそのために動けない者のために動く。
そう考えると、アリじゃないかな、とも、わたしは思う派。




相変わらずまとまりはないですね。まぁ、夜だからね。
なんなんだろ、色々と書くことはあるんだろうけど、夜に書き始めると、思考が過去の分析によりがちだよ。生産的じゃないなぁ。
私は自己完結的なけがあって、思考がなかなか自分の輪郭の外に出ていかない。自分で納得すればそれでいいと思ってるところがある。観念的な人間に多いことみたいですけど。
でも、人を巻き込まないと何もなせないし、その為にはヴィジョンを共有する必要がある。ってことはインドでいちばん学んだこと。
この場は、自分の思ったことをアウトプットするいい場所で、その訓練のためにやってるようなもんだけど、
非生産的なうえに結局あんまり口に出しては言えてないってのがなぁ。問題だなぁ。




======================================
それはそうと
夏がはじまりました。京都は猛暑を予感させる暑さです。
なのに夏休みの予定がまだいっっっっさいきまっていない。あっはっは。どーすんだ。
てかもう六月も終わりということ自体に、戦慄が走りましたよ。え・・・・2009年半年逝った!?もう逝った!?みたいな。あれ、インドまるまる一年前・・・・!?みたいな。
そりゃ就職活動で得るものは多かったし、だいぶ成長したなと偉そうに半年前の自分を見下す権利も得たと思うけど
それでもやっぱり、早かったと思ってしまう。時間の流れが。
社会人になったら、もっと速くなるんだろうか。それもまた一興ですよ、とたくましく笑いながら遠い目してくれるかっこいい社会人の意見が聞きたい。ギブミー夢!!!!
意外と京都在住の知り合いの社会人さん多いんだけど(五年生だからねーorz)、夏休みっていう概念を振りかざして「会いたいです」とか言うと睨まれそうじゃないか。でもたぶん言う。
[2009/06/27 01:21] 未分類 | TB(0) | CM(4)

bookworm 

yomenai.jpg
買ったけど読めてない本の塔に果敢に挑む本の虫、の図。




本好きなわりには、本読むのが遅くて
本読むのが遅いのわかってるのに、本屋に行くたび散財してくるという
この虫は本当に始末に負えない習性をもっているもんです。。。虫の名前はあずささんです



==============
ご無沙汰してます、いつものことですが。上は近況報告でした。
最近好きなことだけやって生きてます。人と会ったりどっか行ったりしてる以外は、
本読んだり本読んだり本読んだり。まぁ主に本読んだりです。前世はブックワームだったんです。本で頭打って死んだ図書館の司書さんとかだったんじゃないかと思います。というか、だったらいいなと思います。
本代は(本代だけみたいなずるい言い方してるけど、まだまだ親のすねかじり)親持ちだから、図書館活用したり古本屋多用したりが基本ではあるんだけど、
就職活動が終わって、「おわった・・・のか?おれの戦いは・・・?」みたいな手持無沙汰なかんじで本や行ったら、読みたい本がたくさんあったんだよ!!鎖から放たれた狂犬みたいな目で本屋をうろついてたよ私は。
就職活動中、精神的にかつかつだったので、なかなか進路とか将来とかと切り離した読書できてなくて・・・余裕なくなると他のこと手つかなくなるのは私の悪い癖。
その反動で、今思いっきり文字を舌に乗せて転がせる時間を楽しめることが、嬉しくて仕方ないブックワーム。
ご褒美とかいう理屈をつけて、久しぶりにハードバックを買ってしまいました。それを何回かやって上の写真に帰結しました。ああ・・・反省してるけどなんか幸せ・・・
一応これでも、ものっそい長時間、三条のジュンク堂をさまよって、悩みに悩んだうえでの選出です。

ハードバックも洋書も、高いのでなかなか買いません。買うときはものすごい悩む。文庫本は安いけどすぐ読めちゃうからたくさん買っちゃうので、なるべく買いすぎないよう気をつける。
でもだからこそ結果的には、自分の本棚に並ぶ本は、何回も読む本が多い。ですね。
・・・・・まぁ、中には、フィーリングだけで買って「これはない」と思う本もあるんだけど。これ文庫本に多い。ただこういうのは売っちゃうから手元には残らない・・・本棚のスペースも限られてるからなぁ。
夢は美女と野獣に出てくる図書館を所有すること。いやほら、夢ですから。





基本的には、机に向かってノートとりながら読む学術書一冊(といっても難しいもんじゃなくて)と
横になったりしながら読む小説や文学作品を一冊、
少なくともこんな感じで計二冊を同時並行で読む感じです。私の日常は。
英語力をなんとか維持するために、どちらかを洋書にしようとはしてるけど、実際には楽してどっちも日本語のことが多い :P
堅い視点と柔らかい視点、どちらもバランスよく養っていきたいなと思ってるんですよね。私の場合は堅い視点の方がおろそかになりがちという、本末転倒な事態に陥りやすいので気をつけなきゃなんですが・・・・

最近読んだのは、「kicking away the ladder」という学術書と、「ハイファに戻って」っていう本。
前者は、図書館で探した本。歴史の観点から、現在の先進国の成長過程と現在の途上国が求められている成長過程を比較して、先進国が自分たちがのし上がったはしごを蹴り倒して、途上国が発展する道をふさいでるのではないんでしょうか?・・てことをいってる本です。主張としては珍しくないけど、とった方法が面白い。
で、後者は本屋で買ってしまった、パレスチナ人の活動家の作家による、パレスチナ難民の視点にたった生々しい物語の短編集。結構前に書かれたいけど、最近復刊。
どちらもinterstingの方の意味で面白かったけど、特に後者は、すごく感情に触れる本でした。
言葉の羅列自体よりも、人々の日常(十分に非日常的だけど)が、いかに長い間「収奪された」状態なのかを描写する、その声の鋭利さっていうんでしょうか・・・そういうものが、心臓を突いてくる。字を読んでるはずなんだけど、叫びで頭がいっぱいになって、頭痛がしてくる。

何も所有せずに生まれてきた若い世代が描く未来が、なぜ対話ではなく奪還へ向かうのか。
決してそれを正当化することはできないけど、人間って、歴史に残った出来事からだけでは何が「おきてるか」「なんでおきてるか」わからないとか、わたしは思ってしまって。
「全体の中に個がその十全な姿で見出せ、また個の中に全体を的確にとらえうるという、稀有な構造をパレスチナ民衆はもつ」。
また読み返すべき本だと思いました。お勧めさせてください。



しかし何にしろ、相変わらず読むの遅い・・・
最近DVDも一日一本の割合で見てたりするので(TSUTAYAが割引中だから~・・・)、なかなか進まず。
といいながら、もう次読みたい本のリストが、携帯メモに目白押し。部屋中にできあがってる本の塔をなんとかしてから読もうよ、ご利用は計画的にね・・・・!という天の声を全力で無視してかかるほど財布に余裕もないので、とりあえずは塔を崩しにかかるけどね・・・・
次何読もうかな。

本ばっか読んでないで資格の勉強とかした方がいいかなーと思ったんですが・・・もうちょいこの至福の時間の流れをキープさせて・・・!!と言い訳しながら現状維持。
内定先の先輩に本読んでるつったら「うらやましい・・・!!一日でいいから交換してほしい・・・!!」とか言われたので、ああ・・・なんか今むさぼっとくべきだなと静かに判断した次第でございます。
ビジネス書とか資格の本とか、あれは私の中では「読書」じゃなくて「勉強」ですね。「読書」は趣味。「勉強」は勉強。w



何かお勧めの本あったら、教えてくださいね。
知らない本、まだまだ全然あるんです。

================
ちなみにブックワームは非常にしぶとい虫なので
インドであろうが隙さえあれば自分の巣をつくります↓
books.jpg
インドではじめて手塚のBUDDHAを読みました、英語で。なんて面白いんだ・・・
インドは洋書が安くて楽しかったです。インド人作家の本で、なかなか日本で手に入らない本も「お前は売人か」と言われるほど仕入れてかえってきました。帰国時に膨れ上がった荷物の正体は紙でした。
知らない土地で、その土地の知らない作家の見たことのない本を読むって、贅沢だと思う。
今年の夏はどこに旅するのか、まだ全然決めてないけど、また本を買って帰ってくるんだと思います。




日本に帰ってきて思うことだけど、
テレビは家にないに越したことはない。少なくとも日本のテレビは、本当に何のためにもならない。私にはね。
もちろん利便性の問題でそんなん現実的じゃないことはわかってますが。

[2009/06/24 02:21] 未分類 | TB(0) | CM(2)

スリランカについて思う 

スリランカの内戦が終わりましたね。ちょっと前ですが。
スリランカの惨状のついてはずっと関心があり、追っていたのですが
ニュースを読んだとき、私の口から安堵はもれませんでした。
最悪の形で終わってしまったという、静かな重みを肩に感じました。



初恋の人はスリランカ人でした、と、前に一度こちらで書いた気がします。
スリランカ人、といっても、インドのNRI(非在住インド人)のように、イギリスで育ちイギリスの大学に行き、今はイギリスで医者になってる人なので、スリランカの内戦の火は見たことも嗅いだこともない人です。
私がこのスリランカに思い入れがあるのは、彼が生々しい「内戦のひどさ」を語ってくれたからではなくて
「いかに内戦が存在しなければ美しいところなのか」を語ってくれたからです。
「宝石のようだって」と彼は言いました。「スリランカは、そういう意味なんだよ」と。
私の中では、そんなイメージが先に定着してしまったものだから、ニュースで見るスリランカの戦場とのギャップに衝撃を受けて。
どんどんと血塗られていくその楽園みたいな島国を思うと、いつ終わるのだろう、いつ終わるのだろう、子供たちはいつ、宝石のような国だと自分の国について語れるようになるのだろうと
行ったこともない島国の事が、気になってしまって。
そしてなぜ人々はアフリカについてはいろいろと同情を示すのに、スリランカについては知りもしないのだろうと
ああ一度構造化された暴力って関心もってとめる人がいないと止まらないんだ、人間関係とさほど変わらんやないかと、幼心(というには歳とりすぎてましたが)に生意気なことを考えるようになり
調べるうちに、子供兵士の問題や、植民地の歴史の問題、民族問題だと思ってしまう事の軽率さ(セン教授との出会いは大きい)とかを認識しだして
今に至るわけです。
ので、初恋の人の言葉からはじまって、
スリランカの内戦は、私の国際政治や今後の人生の使い方に大きく影響を与えた出来事なのです。


スリランカの今後について考えることは、直接的ではないにせよ、今後の私の人生の動き方を考えることにもなるんだなと、今日、いろいろ思考しつつ思いました。
文字にしないとなかなか靄が晴れない人間なので、
本来インドについて書くブログではありますが、ここでちょっとスペース割きます。




==============================
スリランカの内紛を、自分の中で整理する意味も込めて、ちょっと書きだしていきましょう。


スリランカは、インドからすぐ近くの島国。
紀元前、北インドから移住したシンハラ人(仏教徒)が、この美しい島に王国を作ったんですが、その何世紀かのちに、今度は南インドから、タミル人(ヒンズー教徒)がやってきた。
宗教や文化の違いが直接的な不和の原因になるかのような、そんなillusionもまことしやかに唱えられてますが、
とりあえず、このころはまだ内戦みたいなことはおこってなかった。特別なかがいいわけでは、なかったとしても。


さて時は流れて16世紀、ご存じ、ヨーロッパ各国によって、植民地化が大ブームになります。
最初はポルトガルとオランダに、そののち18世紀に入ってから、今度はイギリスに植民地にされるスリランカ。
強い抵抗を示すシンハラ人(それが普通だけど)よりも、タミル人(「自分らは温厚なたちなんでね」とインドで出会ったタミル人はいってました、そういえば)の方が素直にいうことを聞くので、イギリス人統治者は、タミル人をひいきするようになりました。
この時点の人口は、シンハラ人が約7割に対して、タミル人が約3割(?)。
アフリカでよくみられる、社会が多民族で構成されてるところを植民地化する時の手法と全く同じです。云うこと聞く現地人を政府に組み入れる。まぁ、合理的思考ってやつなんですかね、身勝手な。
当然ながら、シンハラ人はあまりよい感情は抱きませんでした。


第二次大戦後、インドと一緒に、スリランカも宗主国イギリスから独立を果たします。
「民主制度」の導入、つまり、「一人一票」の選挙の導入が、スタートします。
これ自体は悪くないけれど、前述したように、国民の7割以上はシンハラ人で、そのシンハラ人は、タミル人に対して反感を持っている。
「あとから国にきたくせに、宗主国の言いなりになって甘い汁すいやがって」と、思ってしまったのかもしれないシンハラ人の人が、やっと与えられた政治的な力を使わないわけもなく、
彼らは、悲しいかな、「民主的」に、シンハラオンリーの政権をつくり、タミル人の選挙権をはく奪し、官僚機関・高等教育機関からタミル人を締め出します。強まる一体感、日に日に徹底化を増す差別の構造。
そしてついに、1960年代に入って、公然と「タミル人の民族浄化」を叫ぶキャンペーンが行われるようにまで、なってしまったのでした。



歴史は繰り返すもので、抑圧されたものは、どれだけ時間がかかっても、規模の大小はあっても、必ず抑圧者を噛み返す。
代弁者がいない場合、そして統治に隙がある場合、突発的な暴力でその噛み返しが行われる場合が多い。
そして多くの場合、過激な運動の中心には、必ず若者がいる(テロ組織とかは、組織形成者が実際に被抑圧者ではない場合もあるので例外といえるとは思います)
スリランカのタミル人もまたしかり。

1975年、ついに一部タミル系過激分子によって、LTTE(Liberation Tiger of Tamil Eelam) が設立されてしまいます。
当時若者たちの絶大な支持を得ていたプラバハカランという男が議長になります。
この男のもと、LTTEは、シンハラ人への復讐とタミル民族の君臨って目的のためになんでもやる、武装組織になりました。シンハラ人政治家の暗殺とかね。
当然シンハラ系政府も黙っちゃいないので、両者の間の対立は激化。
そしてLTTE設立から10年がたった頃には、
スリランカという美しい南洋の島国は、
LTTEによるゲリラ攻撃と、政府によるタミル人の迫害(殺害含む)の嵐に巻き込まれ、たくさんの死者を出す国になっていました。



インドの仲介とかで一度は停戦したものの(1989年あたりに)、それも長くは続かず、すぐに戦闘再開。
しかも1991年にLTTEは、スリランカ政府(シンハラ色)の肩もったインドへの逆恨みで、インドの首相を自爆テロで殺害します。有名ですね、世界初の自爆テロ(主要な)。イスラム過激派じゃなくて、ヒンズー教徒のスリランカ人によるものだったんです、最初の自爆テロは。これ、インドではあんまりいい顔される話題じゃないですが。

このころ、戦闘の長期化・激化ですでに人的痛手をこうむっていたLTTEは、
子供兵を使い始めます。
「兵」というと聞こえは合法的なイメージありますが、早い話が村から拉致誘拐して、もしくは目の前で親を殺すかその手で殺させて、居場所をなくして連れて行く。
薬漬けにしてカラシニコフしこんで殺害行為に慣れさせることを「教育」と呼べるなら、まぁ、一種の教育を施して、
「兵士」とよびながら前線に散らせる。息をする兵器です。
でも注意すべきは、政府軍も、まったく同じようなことをしているということ。子供兵は両社側に存在してます。
これは戦争じゃなくて、戦闘、だったんですね。戦時法も何もない。まぁ国際的な紛争ではないので、相手の殲滅が目的となったら、もうそうなるしかないのかもしれないけど。
子供兵の問題は各所でとりあげられ、スリランカは21世紀に入ってからも、ユニセフから激しい非難を受けています。



アメリカは97年にLTTEをテロリストと明言、でも何もせず。
アメリカではなく、ノルウェーが相当頑張って、粘り腰の停戦交渉を続けて、
2000年、やっと、二度目の停戦が実現します。
外交努力の賜物ですが、スリランカの最大援助国である日本は一体何してたんでしょうね。調べれば何か出てくるんでしょうか。何か。

しかし、停戦の条件としてLTTEが掲げていた「分離独立」が果たされなかったとして、
また、戦闘が再開。またノルウェーが仲介して、停戦、でまた戦闘再開。エンドレスかと思われて、国際社会の関心もだいぶ薄れていきました。
その間、つい先週まで、戦闘は行われていたのです。





そして今年1月、政府軍はこれでもかというぐらいの戦力でLTTEの本拠地を攻撃。拠点を失ったLTTEは後退に追い込まれます。
勢いに乗った政府軍は、次々とLTTEのほかの拠点も確保。今月初めには、LTTEの支配地域をほぼ制圧するに至りました。絶体絶命のLTTE。
日本でも大々的に報道されたので記憶に新しいかとは思いますが、この戦闘で、追い込まれたLTTE
側が「人間の盾」を作って、立てこもり。人間の盾は、民間人です。
信じられないぐらい非人道的だと思いますが
更に最悪なことに
政府側は「人間の盾」に向かって一斉砲撃しました。政府側は「やってない」と言ってますが、元にあれだけの民間人が砲撃で同じ死に方してんのに「やってない」って。。。。子供兵に関しても「やってない」って言ってるんだよねこの政府。。。。NGOとか締め出してるから、現地の正確な情報が得られない=国際社会の手が及ばない。汚い。


先週末、ついにLTTEは、敗北宣言を出しました。
歴史的な出来事だったので、新聞に載った小さな記事を、切り抜いてみたものの、その小ささに胸がきしみました。
これでほんとに終わるのかと懐疑的だったのですが、まぁ案の定、政府軍はLTTEの息の根とめるまで!と攻撃を続ける。
そして、
政府軍は、今週、LTTEのカリスマ的な指導者であるプラバハカラン議長およびその息子を殺害。
その様子をこともあろうにネットで流して、ようやっと正式に、スリランカの内戦はおわったのだ!と政府声明をだしました。↓残酷ですがこれが政府のやることです。
http://www.defence.lk/new.asp?fname=20090519_03






さて、もうなんといっていいか・・・・





知り合いの方も書かれてましたが、まさしく「最悪の形」での内戦終了です。
紛争解決の手段として、暴力が最後を決するのは、いちばんまずいですよね。常識的に考えて。何の根本的解決にもなってない。
「国際社会」は、何もできませんでした。これだけ、国がたくさんあるというのに。国と国との関係で成立する国際社会、とはいうけれど。粘り強い交渉以外に手がないのであれば、そこをもっと執拗に行えば、事態は変わったろうかと、外交に携わらないものはどうしても思ってしまいます。
NGOや国連機関は、懸命に主張しました。救える範囲の命は、救いに行きました。戦闘に巻き込まれたり暗殺されたりで、命を落とした職員が、どれだけあの国にいると思いますか。
だけれども
根本的には、国の当事者が変わらなければ、何も変えられない。それは事実で、致命的なこと。
そして
その当事者と対話の機会を得ようとする努力は、どう考えても、不十分だったと。素人目には、思えてしまう。




縁起でもないこと言いますが、これはまた同じ構造が再生されると、わたしは思います。
LTTEの残党はまだ残ってるわけだし、タミル人うちとったりな雰囲気のいまのシンハラ人による政府が、リロケートしたタミル人に対して「もどってきていいよ」と云うとは思えない。
内戦でひどく壊滅した国で、人々はこれからどうする?援助は入れるのか?
タミル人側の不安や不満はどう対処していくのか。
スリランカに多くの援助を行ってきた日本は、どう力を貸すつもりなのか?イギリスはスリランカ政府に一度約束をほごにされてるので、援助の面ではたぶんしぶるでしょう。メンツ的に。
NGOはすぐに入れるのか。
すべてを含めて、政府の対応に注目しなければいけません。





===========================
要は、何も終わってないんですよ。何も。
じゃぁ、私はどうかかわっていくの。その問が、ふと浮かんだんです、今日。
今までは、知識として読んだり、「いつか」かかわりたい、と思っていたプロが活躍する世界の出来事を、、
最近、社会人を意識するようになって、より近いこと、より具体的なこと、より自分の今後の時間の使い方として、考えるようになってきました。自覚遅いですね明らかにorz




当該国の統治者や、子供兵をリクルートする人々や、何もしない国際社会や、関心を示さない人々、金と技術出してるのに強いたいどに出れないうちの国、などなどを「ふがいねぇ」と思ってるだけなら、誰でもできる。小学生の私だって、「こんなひどいことする人がいなくなればいいのにね」とか言ってたわけで、そりゃそのとおりなんですが
そこにとどまってたら親に育てられてる子供と同レベルのような気はします。


そういう視点で、じゃぁプロ(社会人)として何するの私は、と思いはじめると
正直な話、スリランカの話だけではなく、多くの命が不必要に奪われる状態(紛争、貧困、感染症等)を認識するたびに、
進路として選んだ道に、ふと後悔にも似た影がよぎることがあります。ほんの一瞬。不安なのか、不満足なのか・・・ちょっと判別つきかねますが。
もともと私は、子供の生存権が守られる世の中にするように、その為に人生を使えるように、と思ってきました。
その気持ちは今も変わらず。
しかし今の私に決定的に足りないのは現地に長期的に滞在しての経験や起業というもんじゃなく、基本的に経験と視野と能力、それと何より、自分への自信と人生のペースへの覚悟だと思うに至りまして
来年から働くところへの覚悟を決めた。んです。
私の来年からの仕事は、職業柄、紛争とか貧困とか教育とかには直接的には係わりません。
その選択自体には納得した、というか、納得したことにしたんですが
こうね・・・金と技術しか出さない(出せない?)日本の、そのお金と技術が役に立てないなーこういう状況じゃ・・・・・と思うと、
納得したはずの立ち位置の外の世界を、突如として遠く感じてしまって。
そう、距離感ですね、精神的な。本来として自分が携わりたい問題に関してへの。それを感じることへの、焦りなんじゃないかと思います。

資金協力関係のなかでも、 
ちゃんとしたスキームとセットで、相手のためにという気持ちを基礎に、同時にこちらも守るものを抱いて・・・・・そういうスタンスが、わたしには合っているとは思う。少なくとも今は。
だから、自分自身の信念は揺らいでないけど、はたして自分が、かかわりたいと思う人々のために、ちゃんと使える人間になるのか。
そこですね。
まったくもって、考えるだけ無駄な、しかし考えつかないと始まらない類の、厄介な感情です。



でもここで生きるのが、インドで得た考えで。
インド行く時も、就職や進路には不利にはたらくかもなーと覚悟はしてたんですが
結局あの一年は、きちんと私の力になり、私のまなざしを形作る確かな経験となりました。
やっぱ結局
目先のことに有利になるか不利になるかとかよりも
自分で描く未来のために、自分で決めたことで、自分の足でそのさきも歩く限りにおいては、
それは決して自分の未来をつぶす方向には働かないんだと、そこは自信もった。
だから、今回もたぶん同じだと思うことにします。



内定が出てひと段落ついて、内定者同士も顔あわせて、
一種の内定ブルー特有の思考回路なのかもしれません。不安で焦って。
でも、うん、100%の満足度ってのは、自己満足なんじゃないかと思うから、案外これでいいのかも。


=====================-=============




「選択しなかった人生」は常に存在感を持って、背中のすぐ後ろあたりをうろついてくる。経験として、幾度となく感じてきました。
だからこそ、わたしは目の前の仕事をこなして、自分自身にproveしなきゃいけないんでしょうね。
やったったぞと。
そして
「選択しなかった人生」を思って、遠い目をするような、そんな哀愁を味わえるぐらいまで、子供たちに生きてほしい。そんな、選択の余地のある人生を歩んでほしい。
それが、インドで感覚として感じた、わたしの動機です。


スリランカ、注目してください。
まとまりのない上に、スリランカからはじまって自分の決意表明で終わるというなんとも不謹慎な感じになってしまいましたが
それだけ私の今後の行動に大きな火薬を詰め込んでる問題なんだな、と、
私が確認できたから私はおなかいっぱいです(自己中
ここを見ているような人は、たぶん一度は進路について、決まってからふと悩むこともあるんじゃないかな、わたし一人じゃないだろうな。という変な気持ちがあるもので、長々と言葉にしてみました。
それでは、おやすみなさい。
スリランカ、注目してください(しつこい
[2009/05/24 03:11] 未分類 | TB(0) | CM(2)

はたらく場所 

hi.jpg
i still feel the colors of the sky
of the place that taught me how to fly.


===========================================================================
相当更新さぼってて申し訳ないです。
「就職活動」という日本の大衆イベントに参加していたもので・・・春うららかなこの時期に真っ黒なスーツ着てあるかなきゃいけとか・・・・日本人の魂はどこにいったんですが、大和企業よ。

で、ざっと半年ぐらい就職活動というものをしてきたんですが、
このたび、無事に就職が決まりまして、
来春から、晴れて希望通りのところで働くことになりました。
国際協力業界というものに一応該当するものの、その中ではちょっと異色な感じの会社ですが
私に必要なのは、ここでの経験だと踏んでみてきてところです。
なおかつ、三~五年での転職を視野に入れないでも、長く働けそうなところだと踏んだところです。これは大事だよね・・・もちろん三年で辞めるかもしれないけど、そんなん「絶対長く働く!」と思ってたってどうなるかわからないんだし。だったら、最初の時点だけでも、100%自信もって「いつ辞めてもいい覚悟でずっと働ける」と思える会社がよかったんだ。そういう視点で考えると、どうしても、ビジネスの主体にはなれなかった。
振り返ると、大学選びのときも、同じように、自分の足りない部分を補充しにいく形で、将来を決めたっけか。
そういうことするから、のっけから余裕がなかったりする事が多いんだけど・・・・私の決断の仕方って、そういう、ちょっとMくさいところがあるのかもしれない。でもとりあえず長期的にみて、それでいやな思いはしてないから、この身にはそれが一番あってるんでしょう。あと周りのサポートね。



面接なんかじゃほとんど緊張することのない図太い神経の私ですが、さすがにここは第一志望だったので、最終面接前日夜はなかなか眠れず・・・ようやく寝たと思ったら、なんか、殺しても殺しても死なない芋虫みたいのの大軍にひたすら追いかけられて追い詰められてどうしようくっそ自爆しかねぇ!!!みたいな夢を見ました。軟禁されてたホテルで、汗だくでめざめました。自爆ってどうする気だったんだろう、夢の中の私よ。
何が言いたいかっていうと
そんだけ緊張するほど、本気になれる企業(団体?)だということです。わかりにくくてすいません。


将来を考えるにおいて
私はそもそも「国際協力」がしたいと思うよりも
自分は何をすべきなのか。の方を強くみつめてきました。
日本人として
世界の貧困を見つめて抱いた問題意識をもって
自分は何をすべきなのか。
どういう位置なら、わたしは納得して働けるのか。
仕事っていうのは、社会における自分の役割だから。何を期待されて、何を作りだすのか。何を期待されたいのか、何をうみだしたいのか。社会とどう、かかわりたいのか。
そんなことを考えて、自分の立ちたい位置を模索しました。

簡単には答えは出なかったけれど、
結局はインドで感じたことが、大きく私に作用しました。
ビジネスの主役にはならないけど・・・って立ち位置が、わたしには一番しっくりくるようです。仕組みを考えるのも好きだし。
考えるってことは脳をいじめることだから、途中で辛いことも多々ありましたが、
いじめられて強くなる人らしいです。いよいよもって本格的エム根性が定着してきました。




ほんとに就職活動してて思ったんだけど
世界と日本の為に働くって、ほんとにいろんな道があると思います。仕事の数だけあると思います。
院にいって専門性をまず高めるのも
まず働いて問題意識が発生したところで院に行くのも
国際協力を理念にうたう団体で仕事をするのも
ものを作って結果的にそれが世界の人の幸せにつながるような仕事をするのも
紛争直後の国に行って支援をする仕事も
ある程度安定してるけど必要なものがまだあるようなところで仕事をするのも
どれも、人によっては正解、どんぴしゃで。
だからこそ
自分で決めていいと思いました。
国際協力という言葉に左右されずに、どうかかわりたいのか。そこがね、一番ほんとは難しいんだろうけどね。そこ考えて答えが出れば、何にも負ける気がしなくなると、わたしは思います。

あとは、父母に感謝を。
面接で人事のかたがたとお話をしている過程で、
いかに自分を成長させてくれた経験や、自分の考え方が、
父母のおかげにおうところが大きかったのか。そんなことに、いまさらながらじーんときます。
十分すぎるぐらい十分すぎるほど、子供であることを許してもらえた今までの23年でした。
ともすれば、自分が「できたこと」は、自分の能力と努力におうところだと勘違いしてしまいがちですが
まぁもちろんそういう側面はあれど
そもそもとしてそれを誰が支えてくれたかとか、そういうとこから見つめていける大人になりたいです。
だからこそ、わたしには、一生懸命働く使命があります。次の世代に、還元しないとね。



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気づけばインドに渡航した日から、まるまる一年が経過していました。
あちらでつけていた日記を読み返していたら、かもされてダウンしたりGARYと初めて会ったのが、ちょうどいまの時期だったんだなぁ。
トップの写真は、懐かしいトレイニーハウスからの夕方の眺め。

あの時は、あのときをいかに「真剣に」過ごすかで頭がいっぱいで、一年後のことなんか考えてなかった。いや、厳密には、考えてはいたけど、予想できなかった。インドでちゃんと仕事できるのかさえもわかんなかったんだから。
将来の見通しなんて、今もそんなもんです、わたしの場合。


とりあえず、六月にインターン仲間で会おうとかいってたんですが
ZOE(ギリシャ)が大事故起こして入院しちゃったんで、どうなるか・・・うむむ。心配だ。


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余談ですが
今年もゼミに入ってるんですが、思いがけないところでこのブログが、誰かの目にとまっているもんだということを、知りました。
インドから帰ってきてずいぶんたつんで、ここの存在意義もだいぶ薄くなってきましたが、一応もちょっと続けようと思います。
この先どんどんインドと関係なくなって、わたしの思考と興味のさらし場所になったとしても、いいよ・・・ね?
[2009/04/22 20:40] 未分類 | TB(0) | CM(3)

エコノミストの特集 

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↑学校建設、着々進行中。だそうです。デニース情報でした。
本人すでに農村入りしてて、ネットもないのでここ最近の情報はなく。順調にいってれば、もう建設すんだ学校でデニースと愉快なSMUの仲間たちが活動してるはず。
うまくいくこと、願ってくださいね。





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エコノミストの先週号(13th-19th)に、インド特集が載ってます。
来年春に選挙を控えるインドの政治的な側面や、
テロを受けてのインドの外交・安全保障的な側面、
金融危機を受けて失速するインドの経済的な側面、
などなど、いろんな面からインドについて書かれてます。
そういった最近のトレンドの中での話だけでなく、今まで放置されてきた問題・・・貧困とか教育の問題も背景とともにかかれていて、面白いです。
今年はNGOや市民社会側からの活動に目を向けた年でしたが、その間も痛感したのは、政府の遠さ。NGOは社会のためにいろいろとできるけれども、政府の肩代わりになるのはちょっと違う・・・と感じるけれども、働きかけても実際には政府の動きが鈍いから仕方ない。みたいなね。
その政府の動きとか本来の責任、なんで政府が教育やインフラなどに手をつけないのかなどの背景についても書かれているので、
私にとってはためになる情報の集まりでした。
インドに興味ある方は、ぜひ読んでみてください。


私が一番関心深く読めたのは、貧困レベルを下げるための課題の部分。
世界の栄養不足の子供の総数、その40%がインドにいます。
この貧困レベルを下げていくには、毎年8%の経済成長が必要。
で、これを実現するには、インフラ整備、教育の質の向上、そして雇用政策が欠かせないみたいな流れで、エコノミストには書いてあるんですが、
その中でも特に、教育。ここやっぱり大事だと思うのよね。
インドって、同じく急成長中の中国とは違って、国が教育とインフラにほんっっっとに投資してこなかった。無関心ともとれる。学校以外の場所での学びが大事だったとか、地域地域で経済が成立してたとかいう、社会文化的な背景を考慮しても、あまりにもあんまりです。

ただこれは私たちの活動にも関わることだけど、
学校に行ってるか行ってないかが問題ではないんですよね。厳密には。
インフォーマルな学校も含めれば、ほとんどの子供は、なんらかの形で学校に参加してるらしいです。
問題は、
インドで「教師」といわれる人の半分以上が、仕事にこない。
そして、「学校に参加した」とされるこどもの半分は、14歳になる前に、学校にこなくなる。
この二つが、問題。
だから、私がいたNGOでも、スラムのこどもを学校に参加させることよりも、
フォローアップと教師の質の向上に、より力を入れてました。
どうしてもなぁ、インドで教育の普及を・・・・っていうと、学校建てるとか働く子供をひっぱってくるとかいうイメージになりがちだけど、実質的な問題はもっと根本的なとこにあるんですよね。ということを私もあっちいって実感しました。
これら課題に政府ができるけどやってないことが多すぎて、笑えない。選挙のたびに「インドの全人口に教育と電気を」とか言ってる人たちの決意はどこに。






雇用に関しても、
日本はそのうち超高齢化社会になりますが、
インドの人口を年齢別に見ると、0-9歳が一番多く、次いで10-19歳、20-29歳・・・・と、若い層の方が人口が多い。総人口の50%は25歳以下で、40%は18歳以下だといいます。日本とは状況が逆。
そんな中、必然的に、
毎年1400万人もの若者が労働市場に足されていていく。
しかしながら、これら若者のうち、満足いく教育を受けているか職業訓練を受けている者は、20%にも満たないわけです。
このものすごい人数の多くが、職にあぶれる。非正規の職業はあるけれども、収入的に厳しいのは無職と似たりよったり。
この雇用の問題をなんとかしなきゃ、これから先、インド国内の治安も今以上に深刻になるでしょう。
それでなくても今、北はカシミール、東はマオイスト、西はパキスタン、南はキリスト教迫害、そして全土でムスリムの問題を抱えているんです。それぞれの衝突は宗教色が濃いけれども、宗教に基づく社会経済的な地位への不満や憤りは、宗教問題語る時にも必ず背景にありますよね。




とまぁ、いろいろと経験や知識に照らして面白い統計入ってます。
現在のインドの議会の522名の議員のうち、120名がなんらかの犯罪で起訴されているとか。
そのうち40名はレイプや殺人っていう重犯罪がらみだとか。そんな「えええ」というトリビアもちりばめられてます。エコノミストが特に好きなわけではないけど、こういう詳しい特集組むところは好きだなぁ。




世界最大の民主主義の国を自負する国なんだけども、その政治的権力は誰もRepresentしてないような気がする。
まぁ、うちの国もえらそうなこと言えたような立派な政府では、ないような気がするけれども。
人の問題は、政府の課題。
腐敗と不正だらけの政府に、多くのインド人は何も期待してないみたいですが(テレグラフというインドの新聞が行った「インド人1000人に聞きました」みたいな調査では、are you proud of your governmentでNoと答えた人が80%以上、“政府と言われて連想する言葉”は゛Corruption゛が一位。)、
さて市民レベルで解決すべき、解決されうる問題なのか。
[2008/12/21 19:37] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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