スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[--/--/-- --:--] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

the truth of Mother Theresa 

mother.jpg

用事があって生協本屋にいったら、TIMESのバックナンバーフェアをやってました。
インド特集とマザーテレサ特集があったので、「ちょうどいい」と購入。最近インドについてばっかり読んでて、相当頭でっかち化してます。面白い国ですね、ほんと。


マザーテレサというと、大概の人のイメージは「聖人」に近いものじゃないですか?
貧しい人々のために愛を捧げた、愛と信仰に満ちた女性。彼女がノーベル平和賞を受賞しないで誰がする・・・といったような。
彼女の公での言葉は好まれ、いたるところで人々のモットーとして選ばれ、使われ、理念化されてる。


その彼女が、没するまでの50年以上に渡り、神の存在を感じていなかったといいます。

”I have no faith....The saving of souls holds no attraction....Heaven means nothing...pray for me please that i keep smiling at Him in spite of everything."

多くの人がマザーに抱くイメージとは真逆といっていいこの台詞は、彼女が牧師に宛てた手紙にあったものだそう。
カルカッタでの活動を始めた、丁度その頃から、彼女は神の存在を見失った。「闇」や「渇き」や「孤独」や「torture」といった言葉が彼女の手記には増え、文面から読み取れるその精神的苦痛は、読む人にも伝わるほどです。
マザー本人も、自分の本心と表に出す顔との差を自覚していて、罪悪感に二重にさいなまれた。
それでも、信仰と愛を捨てなかった、神の姿が見えなくても神の愛を信じた。
"I have come to love the darkness - for i believe now that it is part of a very, very small part of Jesus' darkness and pain on earth He wants to go through the agony in me."
マザーはそう思って、闇と共に生きることにしたみたいです。
聖人というより、人間的であるからこそ、なんていうんだろ・・・・こう・・・あやばい言葉にできない・・企画倒れだこれ・・・
特別な何かじゃない、具体的な、誰にでも共通する愛情を感じる。気がします。つたない表現力ですいません。


感じたことは色々あるけど、感じるものはひとそれぞれだろうから、あとは自粛。
九月の記事ですので、興味ある方は図書館でほっくりかえして見てください。


マザーに闇を見せたのが、カルカッタの状態だったのか、マザー自身の自分への評価だったのか、わからないけど・・・
そんな具体的な痛みと愛情を抱えて、マザーが動き回ったマザーハウスが、カルカッタにありますね。
カルカッタ生活四ヶ月の間、仕事に余裕ができてきたら、継続的にボランティアに行ってこようかと思います。トレイニーハウスからどれだけ遠いのかわかんないけど。



私は今から、自分の中の常識だとか信念だとか価値観だとかがめっためったにぶっ壊される予感がしてます。インドで。
ある程度柔軟だとは思ってるけど、どっちかっていうと、内向きな崩壊がなー・・・大きそうだな。
再構築して何が芯に残るのかな。


**********::::**********:::::*********::::
で、マザーに関して読んだもんだから、色々と思い出してしまった。
ここから先は普通に独り言でしかありません。



「日本人はインドのことよりも、日本の中で貧しい人の配慮を優先して考えるべき。愛はまず手近なところから始まります。」
これが、マザーが初来日した時のコメントです。
私はこの発言を本で読んだ時、ほんと色々と悩みました。ある意味、それまで自分が興味持ってたことが間違ってたような、そんな思いを抱いて。初めて自分の視点を相対化できた瞬間かもなぁ。
元々人生の半分以上を日本から離れて暮らしてた私は、物事を見る視点の出発点が、日本になかった。じゃぁどこにあったかと言われれば、ある意味、どこにもなかった。常に自分出発だった。英語のハンデが少ない分それが可能で、ある意味問題が根深かった。
いきなり「日本に視点をおけ」といわれても、苦しかったのが本音です。
でも結局、私のルーツは日本にあって、母国のことを知らなきゃいけないのは不動の事実やんね・・・と思って、一時、それまで調べてたアフリカの紛争地帯のDDRのこととかをほっぽって、釜が崎のことや日本の児童保護施設の事情etc、海外で興味があったことの日本版について、色々と調べたんだけど、
義務感でやっている感が自分の中に感じられて、さいっていな気分になりました。自分がさいっていだと。吐くかと思った。
そのうち自分を無理矢理「日本」に向かわせようとするほど、どっかに違和感が生じて、「これはマザーが言いたかったこととは違うような・・」ときづくにいたりました。


色々とスパイラルした挙句、国で物事を見るのも、これまた視野が狭いんじゃなかろうかと。
視野が狭い・・・というか、自分的に無理が生じる。
大きな問題に対してアタックして、それが国内でも問題となっているなら、問題意識をもって取り組むべきだろうと。
同じような出発点で、それまでとは明らかに違う感じがして、自分でも納得できた。「Think globally, act locally」ってよく言うけど、それともちょっと違うのかな。

で、私の「think」の対象は、子供を第一に考える国際社会。
そのための開発における教育の役割、だったんですね。この場合の開発は、経済・社会両義です。
サークル活動も、スマトラ沖地震後のインドネシアでの児童への防災知識普及からはじまって、「でも国内の断層地帯の子達も、地域のどこに逃げればいいかとわかってないんじゃないか」って視点から国内に拡げてく先輩達に共感して入った。
「知識がないばかりに命を落とす子供がいる実情」への問題意識を、国外の災害から、国内へ拡げたわけです。
人によっては「出発点が逆だろう」と言うとは思うけど
ニュースを見て、できることがあると、その時は思ったんだ。今もそう思ってます。


今回の研修も、なんでインドな必要があるのか?(元々アフリカだったけど)プロでもない私が行く意味はあるのか?とか色々聞かれることはあります。
先にあげた私の「think」の対象から考えると、日本よりも途上国の地元組織の方が、学ぶことは多そうだと思ったのも事実だけど(草の根の世界を知りたいわけで)
大層なことは考えてないのが本音です。色んな動機が入り混じって、どれが先でどれが後にきた動機なのかも微妙なとこです。
ただ、知っていた気でいた問題の現場に身を投じたいってのは、大きい。
純粋に知りたいと思うことに取り組みやすい時期のてっぺんが、今なんじゃないかと。甘ったれた学生は思うのです。


自分に何が差し出せるのか。自分が何を問題だと思うのか。自分はどこで動くのか。
これらに関して、「あるべき姿」も「正解」も「まちがい」もないんだと、私は解釈します。マザーが言いたかったこともそうではないと勝手に思う。
身近にある問題を見ないで、ただ「海外での援助活動」っていう絵をpraiseするのは、問題だ。
大きな視点から出発すれば、いつか自分の国の問題とだってぶつかるわけですし、
国内国外にあんまり囚われず動けたらな。と今は思ってます。




はぁ長くなった。
そういえばSSさんが今日、ボルネオに旅立ちました笑。無事に帰ってきてね~!
朝、空港から「これから搭乗します!」とメールが来たのに、寝過ごして返信できなかった私は、完全に春休みの生活リズムです。ごめんなさいorz
スポンサーサイト

[2008/03/04 17:16] インド関係書籍・資料 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://mapormirror.blog23.fc2.com/tb.php/13-c3d29c04


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。