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はたらく場所 

hi.jpg
i still feel the colors of the sky
of the place that taught me how to fly.


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相当更新さぼってて申し訳ないです。
「就職活動」という日本の大衆イベントに参加していたもので・・・春うららかなこの時期に真っ黒なスーツ着てあるかなきゃいけとか・・・・日本人の魂はどこにいったんですが、大和企業よ。

で、ざっと半年ぐらい就職活動というものをしてきたんですが、
このたび、無事に就職が決まりまして、
来春から、晴れて希望通りのところで働くことになりました。
国際協力業界というものに一応該当するものの、その中ではちょっと異色な感じの会社ですが
私に必要なのは、ここでの経験だと踏んでみてきてところです。
なおかつ、三~五年での転職を視野に入れないでも、長く働けそうなところだと踏んだところです。これは大事だよね・・・もちろん三年で辞めるかもしれないけど、そんなん「絶対長く働く!」と思ってたってどうなるかわからないんだし。だったら、最初の時点だけでも、100%自信もって「いつ辞めてもいい覚悟でずっと働ける」と思える会社がよかったんだ。そういう視点で考えると、どうしても、ビジネスの主体にはなれなかった。
振り返ると、大学選びのときも、同じように、自分の足りない部分を補充しにいく形で、将来を決めたっけか。
そういうことするから、のっけから余裕がなかったりする事が多いんだけど・・・・私の決断の仕方って、そういう、ちょっとMくさいところがあるのかもしれない。でもとりあえず長期的にみて、それでいやな思いはしてないから、この身にはそれが一番あってるんでしょう。あと周りのサポートね。



面接なんかじゃほとんど緊張することのない図太い神経の私ですが、さすがにここは第一志望だったので、最終面接前日夜はなかなか眠れず・・・ようやく寝たと思ったら、なんか、殺しても殺しても死なない芋虫みたいのの大軍にひたすら追いかけられて追い詰められてどうしようくっそ自爆しかねぇ!!!みたいな夢を見ました。軟禁されてたホテルで、汗だくでめざめました。自爆ってどうする気だったんだろう、夢の中の私よ。
何が言いたいかっていうと
そんだけ緊張するほど、本気になれる企業(団体?)だということです。わかりにくくてすいません。


将来を考えるにおいて
私はそもそも「国際協力」がしたいと思うよりも
自分は何をすべきなのか。の方を強くみつめてきました。
日本人として
世界の貧困を見つめて抱いた問題意識をもって
自分は何をすべきなのか。
どういう位置なら、わたしは納得して働けるのか。
仕事っていうのは、社会における自分の役割だから。何を期待されて、何を作りだすのか。何を期待されたいのか、何をうみだしたいのか。社会とどう、かかわりたいのか。
そんなことを考えて、自分の立ちたい位置を模索しました。

簡単には答えは出なかったけれど、
結局はインドで感じたことが、大きく私に作用しました。
ビジネスの主役にはならないけど・・・って立ち位置が、わたしには一番しっくりくるようです。仕組みを考えるのも好きだし。
考えるってことは脳をいじめることだから、途中で辛いことも多々ありましたが、
いじめられて強くなる人らしいです。いよいよもって本格的エム根性が定着してきました。




ほんとに就職活動してて思ったんだけど
世界と日本の為に働くって、ほんとにいろんな道があると思います。仕事の数だけあると思います。
院にいって専門性をまず高めるのも
まず働いて問題意識が発生したところで院に行くのも
国際協力を理念にうたう団体で仕事をするのも
ものを作って結果的にそれが世界の人の幸せにつながるような仕事をするのも
紛争直後の国に行って支援をする仕事も
ある程度安定してるけど必要なものがまだあるようなところで仕事をするのも
どれも、人によっては正解、どんぴしゃで。
だからこそ
自分で決めていいと思いました。
国際協力という言葉に左右されずに、どうかかわりたいのか。そこがね、一番ほんとは難しいんだろうけどね。そこ考えて答えが出れば、何にも負ける気がしなくなると、わたしは思います。

あとは、父母に感謝を。
面接で人事のかたがたとお話をしている過程で、
いかに自分を成長させてくれた経験や、自分の考え方が、
父母のおかげにおうところが大きかったのか。そんなことに、いまさらながらじーんときます。
十分すぎるぐらい十分すぎるほど、子供であることを許してもらえた今までの23年でした。
ともすれば、自分が「できたこと」は、自分の能力と努力におうところだと勘違いしてしまいがちですが
まぁもちろんそういう側面はあれど
そもそもとしてそれを誰が支えてくれたかとか、そういうとこから見つめていける大人になりたいです。
だからこそ、わたしには、一生懸命働く使命があります。次の世代に、還元しないとね。



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気づけばインドに渡航した日から、まるまる一年が経過していました。
あちらでつけていた日記を読み返していたら、かもされてダウンしたりGARYと初めて会ったのが、ちょうどいまの時期だったんだなぁ。
トップの写真は、懐かしいトレイニーハウスからの夕方の眺め。

あの時は、あのときをいかに「真剣に」過ごすかで頭がいっぱいで、一年後のことなんか考えてなかった。いや、厳密には、考えてはいたけど、予想できなかった。インドでちゃんと仕事できるのかさえもわかんなかったんだから。
将来の見通しなんて、今もそんなもんです、わたしの場合。


とりあえず、六月にインターン仲間で会おうとかいってたんですが
ZOE(ギリシャ)が大事故起こして入院しちゃったんで、どうなるか・・・うむむ。心配だ。


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余談ですが
今年もゼミに入ってるんですが、思いがけないところでこのブログが、誰かの目にとまっているもんだということを、知りました。
インドから帰ってきてずいぶんたつんで、ここの存在意義もだいぶ薄くなってきましたが、一応もちょっと続けようと思います。
この先どんどんインドと関係なくなって、わたしの思考と興味のさらし場所になったとしても、いいよ・・・ね?
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[2009/04/22 20:40] 未分類 | TB(0) | CM(3)
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