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コルカタの水 




東京は寒いわ雨続きだわで、ぜんぜん八月って感じがしなくて拍子抜け。
四ヶ月冷房なしで暑さに晒されて過ごしてたあずささんは、早速風邪をひきましたorz嗚呼・・・・基本的に免疫力はアップしてないんですね・・・喉が痛い・・・・



雨といえば、コルカタのモンスーンです。私がいた時期ってのはモンスーンがクリーンヒットな時期でした。
コルカタにまだ滞在してるインターンの友達と話してたんですが、もう完全にモンスーンは終わったよ~といわれました。まだたまに雨は降るものの、あの空が割れんばかりの雷とともに地上にたたきつけられる雨の波は、もうないようです。その代わり蚊がアホほど発生して軽い暴力レベルだそうです。かわいそうに・・・orz
湿気はまだまだ続くでしょうが、あとは年末に向かってどんどんと過ごしやすくなってくんでしょうね。




インドの北東部に位置するコルカタは、モンスーンの影響をもろに受けます。ご近所山岳部のダージリンとかよりは雨量は少ないものの、一気に大量に降る雨を処理できるほど都市の構造がしっかりしてないので・・・・下水口は少ないしすぐに詰まる(ごみ多すぎだし未完工事だらけで土砂が流れる)。
結果、そこここで洪水が発生します。
洪水・・・・っていうとなんかすごいものを想像しがちですが、monsoon2.jpg
まぁ水位はこのレベルです。死者が出るようなもんじゃないのでご安心を。


死者が出るレベルではない・・・・・んですが、生活していくうえでは結構問題でした、そりゃ。
想像してみてください。
犬・牛・鼠の汚れに糞尿、あらゆる虫、スラムにおいては人の糞尿(トイレ外部にさらけでてるから)、生ごみ・なんかの生き物の死体・・・・おおおおおおお・・・・・
まぁその辺は根性でカバーするとしてもよ?
さらに不便なのは、交通面。コルカタの道はほんとにがったがたなので、この不透明な水の中歩くのは非常に危険。水の量が多くなると、車やタクシーも使いがたくなります・・・・友達の車は浸水して大変なことになってたし。
だから洪水時には、リキシャが唯一の地上での市民の足になるんですが、引っ張りだこだからなかなか見つからなくてね。不便。
そして雨季を通じて食中毒の危険性がぐんと上がります。私は二度ほどかもされましたorz



まぁ、以上は外国人としての泣き言です。
スラムでは、洪水が起きようが、大して何も変わりません。
monsoon1.jpg
子供も大人もいつもの日常を送ってます。
半分足が浸かった状態でカードゲームをするおにいちゃんsの姿はなんだか不思議だった・・・子供はなんでも楽しめる能力を持ってるっていうけど、水でばっしゃばしゃやっとりました。


じーちゃんも余裕↓
mosoon6.jpg
じーちゃんが座ってるような、ちょっと高床になってるのはイイ住まいですね。
前に写真をあげたような地面でじかに生活している人々は、壁や塀の上に座ったりして水が引くのを待ってました。
そういう人たちは、もともと家財と言えるものをあまり持っていない。ので、持ち物をすべて風呂敷っぽいものやら大きめの籠なんかに乗せて、頭の上においたり抱えたりして待つんです。



全然余裕だぜといわんばかりの笑顔↓
mosoon5.jpg
奥のおにいちゃんsがはいてるスカートみたいなのはルーンギーといいます。便利便利。


「夜には水、引くしね」
「いつものことだし。今年がはじめてってわけでもないし。」
「コルカタにようこそ、だよ」
みたいなことを、大体の人が言います。
でもそんなこといっても、やっぱ不便じゃない・・・??っていうのは、私たち外部の人間だからいえる台詞だよなぁ。
不便なのは本人らが実体験でわかってるよ。でもここが生活の場なんだよ、彼らの。


どうしてもね、自分の国の基準からいうと、色々な面が発展途上に見えます。Developmentの視点から見ても、一生活者の視点からしても。じっさいに発展途上ですよ。
ただ、それはそれとしても
無意識にどこか悲壮感を予想している部分に、気づかされた。無意識だから余計危険で、早い段階で気づけてよかったとは思うんだけど。
状態の改善の必要性があるのと、そこに住む人間がそのことに対してどういう風に感じて生活しているかは、またちょっと別の話で。
「最貧地」とか「スラム」とか「アフリカ」とか「インドの闇」とか・・・・どれだけ気をつけていても、どこかこう、私たちが無意識に求めてるイメージが言葉にこめられてる気がしてならないときがある。
言葉で凝縮された場所に、実際に人が暮らしているっていう当たり前の事実が、行ってみて実際にその人たちと話してみてやっと実感としてわいたあずささんでした。

何からも切り離して、目の前にあるものをそれとして捉える事、と
今までに蓄積してきた知識や経験を自分の見解として紡いで、現実と関連させて考えること
どちらも大事だけど
決していっしょくたにしてはいけない二つだと。私的には思った。
むっずかし。






とかなんとかいいながらあえて最後に懸念事項あげとくと
やっぱり公衆衛生的な問題は残るんですよね。
昔よりは改善されたとはいえ、食中毒とか傷口の化膿など・・・・うちの学校の子供たちにも結構症状が出てて。
インドの薬局は、箱から出して何錠単位で薬売ってくれるところもあるけど、それでもRajabazarの人たちには高いし。
うちのNGOは、ボスのビジネスのコネを使って安く薬を仕入れられるため、簡単な薬(おなかの薬とかね)の供給もしてましたが、この時期の支出は結構大きかった。
そういや、Rajabazarの医者事情は突っ込んで聞いたことなかったなぁ。気になる。



おまけ↓
hurehure.jpg
スラムではないけど、帰り道に見た光景。
なんだか、仕事柄、やるせない気分になることが多い街でもあったけど
歩いてて幸せな気分になる街でも、あったよなぁ。







===================================
ちなみに、しょーちゃんが水事情について書いてたのに関連させますと
コルカタに住んでて、水不足を日常で感じたことはないです。
浄化された水は大事に使うんですが、その辺の井戸水ならば、みんなじゃばじゃばと惜しげなく使ってるしなぁ・・・・(そういやあの井戸水どっから引いてるんだろ・・・・フーグリ川・・?しくった、聞いてくるの忘れた。)
水より、断然電力不足の方が問題ですからね。
西ベンガル州は、周辺の州に電力を売ることを優先して、自分とこの州の供給は二の次にしてるんだって聞きましたよ・・・・本末転倒とはこのことじゃよ・・・・・
おかげで5-7月はほぼ毎日、朝10時と夜10時ごろに必ず停電してたんですが、これがまたね・・・一回切れると2時間は戻ってこなかったりするんだ・・・・orzシャワー浴びてる最中とか悲惨だよほんと・・・
あぁでも、最近は個人宅でも自家発電装置を備え付けてるとこも多いですよ。今はスラムにもちらほらテレビが見られる時代だからなぁ・・・・「うちにはテレビもラジオも洗濯機もホットシャワーもレンジもない」と話すとどんな相手でも驚かれますからね。ええええええ!!みたいな。いやそんな不自由もしてなかったんだけど・・・
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[2008/08/24 22:54] IN KOLKATA(写真つき) | TB(0) | CM(2)

遠いようでそうでもない 

0819.jpg


朝起きて 人の声がしないなぁ と思う
知らない人としゃべってないなぁって 気づく
空を見上げて 手作り凧が浮いてないって 少し物足りなくて
部屋の電気が明るすぎて 時間を肌で感じることがないことに ちょっとした喪失感を覚える
あれほど肺ガンになるー毛穴がふさがるーって文句を言ってた排気ガスも
空気中にないと、なんだか息をしている感覚が薄くて
モンスーンの雨の後の 足元から香る土くさい、生臭い水のにおいは 
記憶の中でしか感じられない
きれいすぎて 整っていて 変えなければいけない現実が 見えにくい
まぁ見えすぎることは 変化をもたらすには若干危険でもあるんじゃないかとは インドにいて思ったけども。



値段交渉しないでバーコードをピッですむ買い物と
足元を気にしないでも安全に歩ける 平らなコンクリート
蚊一匹通さない、隙のない窓枠と
蟻の侵入を心配しないですむ壁
カレーじゃないカレーに
排泄物の匂いがしない 駅のホーム(i dont miss this though lol)
油とスパイスの匂いがしない歩道を歩く
白い肌 白い肌 白い肌
犬は 牛は 子供はどこに?


朝起きてから夜寝るまで聞いてた声や音がここにはなくて。
寝起きの私の枕元を 通り過ぎる同僚の下着姿
パンプを押して!水が出ない!ってシャワーから叫ぶ声
停電が起きるたび(毎晩)またかよおいいいいって一斉にあがる悪態と 
何分で電力復帰するか賭けたあとの 「今何分経過?」って聞き飽きた台詞
地面にぬれた服をこれでもかこんちくしょうって勢いでたたきつける洗濯おばさんの水音に
仕事場に行き着くまでにかけられる、Madam!!Gudmornin!の数
Azusaって発音できない 子供たちのAjusaの呼び名
魔よけの鐘の音 リキシャの掛け声 バスの騒音 サリーの裾の音 
あの声 この音がないから ここは日本だって感じる

i miss them....


but wait, do i miss them, really?



I cannot see or feel them in Japan....but at the same time, am i not feeling and seeing them, in my mind?



といったかんじに


あー、 確かに私は四ヶ月間、インドで過ごしてたんだなぁ。根張れてたんだなたぶん。
と、肌でゆっくりと実感しはじめてる。
ぼーっと電車に乗ってる間、無意識に「MGRoad」(スラムのある駅)っていうアナウンスがかかるのを待ってる自分がいて
いやいやお前の降りる駅は蒲田だろうが。と川崎まで乗り過ごして気づいた。やっちまったなぁ。苦笑いというよりははにかみに近い。



日本についたら日本での生活が待ってるから
インドでの経験も日常も全部すぐ過去のものに、「インドにおいてきたもの」みたいに すぐなっちゃうんじゃないか と思ってたけど
ありゃー 全部持って帰ってきてるじゃないのさ、ねぇ。
ホームシックとはまた違った うれしさがある。

結局、眼が見ている光景って、「たかが視覚」なんだよな。
眼はね、日本の生活をちゃんと捉えてるんだけどもね。
きっと旅行としてインドに行ったのでは感じられなかった、コルカタのトリガンジのあの家からはじまる一日の時間を
体が覚えてるんだろうな。たぶん。

離れたものは、いつだってちょっとした喪失感を伴ってきれいに見えるものだけど
そういうのともちょっと違って
日本→インド→日本って、ちゃんとつながった一本の線になってることが、うれしい。んです。わかってもらえるだろうかこの気持ち・・・・どこまでもわかりにくいな私の文章は。
物理的にはインドとそこで過ごした人々から離れたんだけど、
過ごした一秒一秒は、今の私の一秒一秒の土台で息してるんだといった感覚です。あれちょっと改善されてないよわかりにくさがこれ。
「離れたってあなたは私の心の中で生きてるわ!寂しいけれど泣かないの、次会うまでに私は私でがんばるって、あなたと出会えてそう思えたから・・・・!」きらきら!!!みたいなアレか?そんな安い感じじゃないと信じたいのは自分の贔屓目でしょうか。というかキャラじゃないとかそういう次元の話かもしれない。

どうしても、仕事的な話とか、まじめな話とか分析とかからそれますね、ブログ。
現場のことを伝えようと思うと、それなりに集中して書かないとあかんからなぁ・・・・今の私は集中よりもノスタルジィで感情に走ってるみたいです。すいません。

ま、総合すると

当たり前だったことが 当たり前じゃなくなってることが
とてつもなく 面白い。
そんなここ数日なのでした。
[2008/08/19 23:30] IN KOLKATA(写真つき) | TB(0) | CM(2)

leaving the city of joy  

♪so kiss me and smile for me
tell me that ull wait 4 me
hold me like ull never let me go
cuz im leaving on e jeplane, dunno when ill b bac again
oh baby, i hate to go...... ♪
n751436759_1629334_9534.jpg
This is surely gonna b one of our themesongs in India. haha.
In the photo areAnnie, Denise, me, Zoe, Hamza....Zoe was the first to go bac, Denise, then me. I hate being in the airport, waiting 4 ure friends to disappear over the gate...
but the more damn painful thing is.....↓
damn.jpg
not even being allowed to go in the airport en see ure friend disappear!!!!! SUCKS!!!!!
The day we departed was India's independence day....there were talks about possible terror attacks and stuff, so obviosuly the airport security took a lot of caution. INDEPENDENCE DAY SUCKS!!!! ( i should shut up now)
there were so many security guards with long guns en daggers (dunno how ther gonna use it against terror attacks but...) so we just gave a small middle finger to the wallpost..thats the story behind this picture :P

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えー
ずいぶんとブログ更新さぼっててまことに申し訳ありませんorz
最後の一ヶ月、本当に時間が怒涛のごとく過ぎていくのを、カレンダーをにらみながら実感しまして・・・・
仕事と私生活どちらも一分たりとも無駄にはしたくなくてネット放置してたらこの有様でした。ほんともうしわけ・・・!!!ない!!

リアルタイムでインドのことをもっとお伝えしたかったんですが、
ためすえ、上記のとおり、昨日無事に東京に降り立ちましたorZ
仕事の方は七月中で終了し、その後インド横断の旅を実行(事情があってレー・ラダックは残念ながらスキップ)、そしてコルカタで出会った人たちとの掛け替えのない時間を過ごし、他の友達が帰国するのを見届けてから、空港で号泣しながら帰ってきたわけですね。人前で泣いたのなんて久しぶりだぜほんと
四ヶ月間、朝から晩まで、ほぼ一緒に過ごし。一緒に寝、一緒に仕事し、一緒に泣き、怒り、叫び、踊り、笑い、時には歴史や哲学まで持ち出して議論をし、政治的にアジアとヨーロッパを馬鹿にしあい(しかしアメリカは共通の批判地)・・・・人がシャワー浴びてるときにトイレ使いに入ってくるまでにいたる親密度(それもどうかとは思うけども)を構築した私たちインターンです。そりゃ感情的にもならぁな。
BFや仕事場の子供たち、歳の離れた父親的な存在の友人、兄貴的な友人やらやらやらと、離れがたい人々も加えると、コルカタを離れたくないと思う気持ちはもう胸いっぱいでした。
仕事も、思っていたよりもオフィス・デスクが多くて、子供たちとたくさんは一緒にはすごせなかったけど・・・夢を語るあの笑顔が、機会によって現実を捉えるのを、願うしかできなくて。私自身が学んだことは多いけど、なんて無力だろう!無駄じゃないけど無力さは感じた!インターンって結構、終わるときがつらい!

・・とかまぁいろいろと抱えたままで帰国してきたもんで。日本に降り立っても、驚くほど何の感動はなく笑。
日本をたつ前と後では明らかに自分の中で何かが変わったは感じるんですが、日本の光景は四ヶ月前と何ら変わりなく。政治経済が動いてるのはわかるけど、うーん、だからこそ変な感じがするというか・・・説明できない。整理できてない笑。
インドにいる間も、時間が止まっていた感覚はほとんどなかったからなぁ。焦りと前進が常に頭にあった気はします。性格かな、どこいっても余裕がないのは笑。
これからの身の振り方を決心するにいたったので、あとはもう前進あるのみですかね。長期戦だけどねぇ。




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ちょっと全体的に仕事がどういう形に落ち着いたのか、書いておくべきですね。たぶん。

仕事の方は、プロジェクト・ポストカードや農村での乳幼児ワクチン関連のプログラム、ショートステイホームのイベント行事管理やら日常の雑用、会議の出席・・・・と、思い出すと結構バラエティに富んだもので。
本で学んだこととまた違った現実がそこにあったり、ダイレクトに人と関わることで予想外の衝撃や障害があったり、自分の常識が通じない世界での立ち回りに奔走したり・・・学んだことはたぶん相当あります。
ただ残念なことに、
NGO自体の構造とキャパシティ、ボスのインターンに対する態度(これは・・・なんかいろいろとおおごとになってしまったので書くか書くまいか迷ってます)等等から、必要外なDIFFICULTYが生じていたのもまた事実で。
ほとんど放置プレイの環境の中、自分たちで仕事を探して変化をもたらそう・自分たちで知らない場所に入っていこうとした経験は、決して無駄にはならないし、それもNGOの醍醐味だからはそれはそれでいいんだけれども。
ボスがね・・・・やっぱり、ちょっと、これは、ひどかった。はは。詳しく書こうか書くまいかまだ迷ってます。個人名出さないでも、やっぱり個人のことに関わってくるからなぁ。
ただ上司からのセクハラとパワハラは、インドという異国の地で、それもあまり他に頼れるところがない場所がない状態で「なにごとも経験」として耐え受け入れる必要のあるものではないと判断させていただきたい。私たち同期は幸運なことに、お互いが居たからよかったけど・・・最初の二ヶ月とかね。結構つらいものがありましたよ。書かなかったけど。書いたってどうにもならんから。せっかく休学してきたんだもの、上司がアレなら上司に頼らずに仕事してやろうとしたたです・・・・嗚呼ちょっと強くなったんじゃね?私(独り言



で結局どうしたかというと
コンサルタント的な(というとものすごく偉そうで大層な仕事したみたいだけど、ここでは単に「第三者の立場から団体の改善をにらんでプロポーザルをする」という仕事をさすと思ってください・・・他に名前がみつからないんだ)役割からは、
将来のインターン生のことも考えた上で、
これ以上このNGOはインターンを受け入れるべきではない。
という意見をAIESECKOLKATAに提示させていただくことになりました。私一人ではなく、他インターンとの合意の上です、もちろん。
最後の半月ほどは、そのプロポーザル作りで終わりました。インターンを受け入れる体勢になるまで、TNフォーム(AIESECのNGOリストみたいなもん)からはずすようにと。もちろん、改善すべき点とその方法の提案もちゃんと具体的に挙げて。
ボスとも相当もめましたが、最後にはNGOの改善につながるということで、同意していただけました。わだかまりがないと言えばきっとうそになるんですけどね。たぶん。
自分が四ヶ月働いたNGOの門を閉めることを提案するってのは、結構私的にはつらいところがあったんですが・・・・過去のインターン生たちに連絡をとり話を聞いてみた所、かなり長いこと問題があったみたいだったので・・・。これも私たちの仕事だと思っての決断でした。
内容的にインドではかなりセンシティブな側面も含むので、AIESECKOLKATAもまじめに取り合ってくれました。

ひとつはっきりしておきたいのは、
READSというNGOがINEFFECTIVEだといってるんでは決してないんです。
コルカタのスラムといくつかの農村におけるREADSの活動は、非常に生産的です。長期的な視野でプロジェクトが続く保障(金銭的な)もあるし、数字的にも光景的にも、公立学校に進学できた子達は増えています。
草の根のレベルでコミュニティを支え、変化をもたらすよう促すという役割から言えば、非常に模範的なNGOだと、個人的には思います。
ただ、インターンを受け入れる体勢にないだけなんだ。そこが問題なんだ。残念ながら。
で、AIESECを通じてインターンをする私たちにとって、それは結構大きな問題だと。思うんだ。よ。





あとは・・・将来のインターンにいくかもしれない人が見ていることを考慮のうえで、非常に後ろ向きなアドバイスをしますと、
インドやアフリカ、どこでもそうですが、AIESECのTNフォームに書かれているNGOの内容は、多分に誇張されていると考えることをお勧めします。いやわかってたことで、結構覚悟して行った筈の私も、いざ行ってみるとさすがに途方にくれることもあったので。
できるだけ多くの情報を、個人的なコンタクトで得てください。できれば電話で。そしてAIESECのLCメンバー、団体側の人間含む数名から。インドの場合は、できるだけ過去のインターン生とのコンタクトを重要視した方がよいかと思います。その辺の話は興味あったら個人的に聞いて下さい笑。十分すぎるほどAIESECとは言い合いをしたもんで。



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26日までは日本にいます。その後はNYにいろいろしにいきます。一ヶ月は帰ってこれません。就職活動どうしたって話です。
京都には事情があって日帰り状態になるかと思いますが・・・何にしろ、ためすえさんの携帯は現在、チップ失踪というなぞの事態で活動停止中なので(日本はなれる際に取り外した記憶はないので謎)、できればメールかこちらでコンタクトしてやってください。「管理人にのみ閲覧」でメアド書いてくれれば、PCアドから返信しますんで。お待ちしてます。超うかつだわーほんと・・・
あとFACEBOOK使ってる人は申請してやってください。写真はそちらに全部あげていきます。他にみんなが見れるいい方法あったら教えてください。


それでは、とりあえずはこんな感じで。
インターンの話、コルカタについて、インド旅の話、雑談やインドで考えたつれづれ・・・・などなど、これから気分によってちょびちょび書き足していこうとは思います。リクエストあったら言ってください。


じゃね、おつかれさまでした!
[2008/08/18 00:56] IN KOLKATA(写真つき) | TB(0) | CM(6)
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