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Waiting to bloom 

子供たちとの罰ゲーム『日本の歌を歌う』で
「君が代」と「君がすきだと叫びたい」を熱唱させられたためすえです。セレクションが微妙すぎて日本人として申し訳ない限りです。
でもよ?国歌うたえと子供たちにせがまれてよ?そして他のトレイニーたちにスラダンのテーマ曲を歌えとせがまれてよ?多勢に無勢よ?ことわれねぇっすわ・・・・・ORZ
国歌についてはいろいろと議論があることは後で付け加えました。説明は簡単でも意見を言うのがなー・・・むずい。日本語でもアレなのに。いや言語関係ないか・・・・
スラダンに関してはギリシャ・シンガポールにまで進出してるというのに驚きです。日本のサブカルほんと強い。ユニバーサルランゲージ。




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IMG_0552.jpg

今週は、うちのNGOが運営する、SHORT STAY HOMEプロジェクトに参加してました。NGOが行うプロジェクトの中でも一番予算を費やしてます。


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SHORT STAY HOMEは、様々な事情で自宅にいられなくなった女性や子供達のシェルターです。
旦那が亡くなったり、離婚という名の追い出しにあったり(旦那が再度結婚して二回目のDOWRYを得ようとしてるとか色々な理由で)、家族問題で家にいられなくなったり・・・インドの女性・子供の立場の弱さってのは、経済的に弱い層では著しいもんがあります。
HOMEにいる子供が圧倒的に女子であることも、重要な点ですね。
今は子供32名、大人の女性14名が共同生活してます。

子供は労働力として買われる分、まだ生存能力があるように見えそうだけど、子供は子供ですよ?
このHOMEは、スラムからはだいぶ離れた、川の向こう側にあって・・・この地域って、工場地帯なんです。RAJABAZARの働く子供達の大半は家庭から近い仕事場・もしくは家庭内での仕事に従事してるけど、HOMEに保護された働く子ども達の多くは、過酷な工場関係の仕事に携わる子が多かったです。中には、働くために一人でコルカタにやってきた子もいて・・・両親ともに他界しているらしく。
路上で保護された子供も、数名いました。
こうした女性や子供を、警察を通じて、もしくは本人の直接の訪問を通じて、一時的に保護します。9このプロセスがめんどくさくて、どこの国もお役所仕事って言葉は同じ意味で使えるんだなぁと思った・・・・)
衣・食・住を提供して、子ども達には公学校に上がることのできる程度の基礎教育に参加してもらいます。女性達には、刺繍やミシン裁縫、クラフトなどなどの職業訓練を行って、提携している中小企業などで働けるようにしていきます。
「再スタート」ではなく準備期間です。


ここにいるとよく思うことですが
彼女ら・彼らに新しい人生を提供する力も権利も、NGOにはないんだよね。
長くても三年しかこの施設では暮らせない。
もっと大きな視点で見れば、いますぐ児童労働を根絶する力も、いますぐこの国の女性へのヒドイ扱いを禁止する力も、草の根のNGOにはないです。そのつもりもうちのボスには全くないです。教育に接触させたからといててドラマティックに収入があがるともいえないです。
だがしかし、よ
教育へのアクセス・権利へのAWARENESSを強めていくことで、次の世代では、弱者が声を上げることができるようになるだろうって、未来が。この国には、必要な気がいつもするので・・・・・。そういう意味で、このNGOで教育を受ける子達を見てると、よりよい未来への架け橋になれてるんじゃないかな、と思う気持ちは強いです。HOMEを見てさらにそう思った。

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ここで生活しているということは、過去にのっぴきならない事情があって自宅にいられなくなったということ。
みんながみんな明るく朗らかにやってるわけでは勿論ないですが(父の事故死でショックであまり喋らなくなった子とか、やっぱり心へのダメージは大きいものがあります)
それでもこの先の未来の希望を聞かせてくれる目がね・・・・なんかこう、強いなあと・・・。その強さに甘えてるよほんとに大人は・・・・
簡単には楽観的になれない今日この頃だけども、子ども達の目って、可能性信じてる点で何よりも強いと思う。


ちなみに私のHOMEでの使命は、AWARENESS PROGRAMの仕切り。
最近は言葉の壁が低くなってきたようです。まだ単語で話すレベルだけども・・・まったく臆さなくなったところに違いがあるようです。神経ふっといんだろうな自分。



コミュニティからの近さをさして、草の根草の根ってよくいうけど、
結局その根っこってその大地から生えなきゃ意味ないんだろうなあと、実感をともなって理解してきてます。
お手伝いがちゃんとできてるのかは不安だけども、教えてもらってることは多すぎます。よその種なのにね、私。


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私生活はにぎやかになってまいりました。
中国人のIRIS・MONA・ANDYに加え、ギリシャからのZOE、シンガポールからのDENISEも加わり、中国出張中だったGARYも帰印。
特にZOEとDENISEとは、よく議論をします。私は政治・国際関係、ZOEは社会哲学、DENISEは国際経済・・・とまぁ分野は違えど、宗教・欧州連合・戦争・経済と話題は様々。
みんな、自分が頭にインプットしてきたことが、他の国ではどういう風になってるのか興味あるんだよね。
話しながら、大学の講義やゼミ、日本で読んだ本からの知識を呼び起こしてる自分に気付いて、議論するって大事だなぁと思いました。後期は出席日数を増やそうと思った瞬間でした。オチてねぇ・・・・


あとあれですね、やっぱり誰もが一回は欝になるみたいですね笑。インドはやっぱり強烈です。
ZOEとDENISEがただいまものっそい暗くて・・・・二ヶ月前の私も、同じような弱音と文句言ってたなーたしか・・・・・
もう半分すぎたんだねぇ。





さて来週からは新しいプロジェクトがはじまります。
ちょっと離れた村に、学校を作って運営していくプロジェクトです。上司の故郷に近いらしい。
予算整理、現地調査、子供ひとりひとりのケーススタディとまあ、話聞いてたら相当忙しくなりそうですが、
そこはまぁインドなので。たぶんゆったりと進んでいって、突如としてアホみたいに忙しくなるんだと思いますw
次回はまた、スラムからお届けできると思います。仕事場周辺の写真はあまりアップしてないことに気付いた・・・・。
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[2008/05/31 21:53] IN KOLKATA(写真つき) | TB(0) | CM(2)

typical day  

7:30
リキシャーのおっちゃんの声で起床。
パジャマのまま朝食のフルーツを買いに出る。
今はライチとマンゴーが旬です。
ギリシャ人トレイニーZOEを起こしに行ったりしつつもさもさと朝食タイム。ギリシャ人は朝が非常に苦手らしい。
   

8:00 
読書したりトレイニーとだれたり。

9:30~10:30 
通勤。汗だく。

10:30~11:30 
NGO宛てのメールチェック。
上司と電話で連絡とりながら返信。送らなきゃいかんファイル等々もこの時間に。

11:30~13:00 
IMG_0391.jpg

働く子ども達へのインタビュー(手前の携帯持った少年は私の知る限りで最も頭のきれる10歳児)
アイスブレーキングからはじめると意外と時間かかることが判明。
MAX一日に4人程度。
そろそろ子ども達へのインタビューを完了して、親御さんたちへのインタビューにシフトできそう。



13:00~13:30 
昼食

13:30~17:30 
その日によってフィールドワーク OR インタビュー OR お使い OR PCワーク。
昨日は近くのネカフェまで、インビテーションレターのスキャン・送信をしに行ったあと、公学校へMAINSTREAMINGする子ども達の個人情報をデータ化。
あまった時間で政府に送らなきゃいかんレポートの数字面の修正。
ほぼ一日オフィスの中にいてつまらんとZOEとぼやく。


17:30~18:30
帰宅。ラッシュアワーにぶつかる。


中国人トレイニーsが作る夕飯を食べつつ、本読みつつ、睡魔に任せて就寝。




____________________
・・・・というのがざっとした一日の流れですが
ものっそい味気なくて申し訳ないです。本人的には、地味な仕事であってもいっぱいいっぱいで真剣にやってます。
明日はうちのNGOが運営してる孤児院に行ってきます。ちょっと遠いので一日がかり。


______________________


日本にいたときよりもずっと、
毎日毎日、色んな人にあって色んな話をきくわけで
なんだか毎日いろいろなこともあるわけで

とてつもなく凹んだこととか 
思い出すと大して爆笑ネタではないのに、腹かかえて笑ったこととか
その時のその瞬間を逃すと、どうしても文字にするのは難しくて
うーん。むずかしい。
言葉にすれば、なんか消えてなくなる気が しないでもなくて、余計に。



葛藤的なものは、そりゃもう情けないぐらい沢山あるのよ

同じ人が同じことを言う姿を見ても、人によっては捉え方が違うなぁということを実感して
なんか素直に物事を受け止められない自分がいやんなったりとか
要は頭でっかちなんかなぁ


NGOのコンフェレンスで
児童労働をなくそう!という立場に立ってないうちのNGOに物申しにきた他NGOの人の相手をしてて
一瞬誰のために議論してるのかわからなくなったり


知識としては知ってたことだけど
10歳で10時間働いてたよ!と、なんでもないことみたいに笑顔でいう子の耳が半分ただれてるのは
彼のボスが怒って耳に火を押し付けたからだと聞いて
なんかこう・・・
痛みに近い感情が一日中ずっと離れなかったり。
前はね、人の暴力的な行為について読むと、行為者に対しての怒りが沸いてきたんだけど
最近は、悲しいし。なにより痛い。




そんなわけでいろいろあります。毎日毎日。
一日の予定をタイムテーブル的に書くと味気ないけど、中身はぐっちゃらぐちゃらです。
日本で比較的平穏な毎日を過ごしてた私にすれば、凹みどころが多すぎてバナナの皮で滑って頭打ちたい気分だったりもします。


ただまぁ
私は簡単に落ち込むけども、 同時に簡単に幸せになれる脳みその持ち主なんで
子供らが笑ってくれれば また笑い返すこともできるわけで
そういう意味で もらってるものの方が、多いんでしょうね。彼らに。

毎日のアップダウンはものすごいけども
上記のような一日を過ごしております。
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今日も一日お疲れ様です。日本のみんなも、毎日元気でやってるよね?
        
[2008/05/23 19:28] IN KOLKATA(写真つき) | TB(0) | CM(4)

ダージリン 

ダージリンは素敵でした。
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標高2100mちょい、高き山の上の小さな町。
蒼、紫、桃色に染まる山と、足元を飾る色とりどりの花。緑やさしい茶畑のむこうに見える、日々の生活。
風にたなびく極彩色のチベット仏教の旗。
イギリス人の避暑地として栄えた過去を語る、パステルカラーのコロニアル調の建物。

そして、ネパール系のおばちゃんのぱんぱんの笑顔。あったけぇ!!

どうも私はネパール顔らしいです。
ダージリン滞在中、幾度となく当然のようにネパール語で話しかけられ、「すいません何いってんのかわかりません」みたいな顔をするとびっくりされました。ネパール顔・・・まぁ・・・・うん・・・そうなのかな・・・?←よくわかってない
そのおかげなのか、ただだーじりんの人たちが暖かい人達だからなのか、
じーちゃんには山の上の仏教寺院(マハーカーラ寺院)まで一緒に連れてってもらって孫の話をされてモモ(水餃子みたいなもん)おごってもらいーの
さんざん迷ったあげくたどり着いた山奥のブディア・ブスティ・ゴンパ(寺院)では若い僧の見習いみたいなおにいちゃんs(INナイキシューズ)と日本についてやら仏教についてやら、一時間以上雑談しいの
おばちゃんおじちゃんsにはダージリンに住んじゃいなよと話かけられてチャイおごられーの
なんとも交流に満ちた滞在期間を過ごさせていただきました。
宿のおばちゃんいわく、「そのほっぺたがね!いいよね!」といわれたんですが
これか!!このアンパンマンがか!!そうかそうか・・・
初めて丸顔にうんだ母親に感謝しました。人生単位で産まれて初めての類の感謝でした。


IMG_0289.jpg

あぁあと、雨でぐしょぐしょの中はだしで山のぼりしたのも産まれてはじめてでしたORZ
だって寺院・・・!寺院いくのにクツぬげっていわれたんだもんよ・・・・!!


まぁそんなわけで


ここはホントにインドか?と聞きたくなるほど、健康的で清清しい気持ちで大半の時間を過ごしてました。

その反面


コルカタから何千キロ離れても、インドに顕著な明暗の共存がねー・・感じられてねー・・・なんか妙な気がしました。 I wont get into the details but....


__________
政治状況について前回ちょこっと触れたかと思いますが、
実はダージリン、今、独立運動の真っ最中なんですね。ダージリン地方は、75年に東ベンガル地方に併合されたんだけど、80年代から、ダージリンにすむチベット・ネパール系の住民による、GORKHALANDっていうSTATEがほしい!っていう要求が強まってたんです。


85年ごろに一度、大暴動が起こって・・警官隊とMORCHA(独立派)が衝突して、百人を超す惨殺死体がダージリンの斜面に転がったという惨事になりました。
しばらく平和が戻ってたんだけど、また最近、同じ雰囲気が高まってきてまして。
インド政府は黄色信号出して「今年の夏はダージリン地方には行くな」と警告だしてました。
観光客の足を止めて、MORCHAの活動資金の源を断とうって意図が強そうだし、MORCHAは観光客には手を出さないと有名だったんで、「平気」と判断して行ったわけです。私は。

実際平気だったんだけど、
やっぱりどことなく緊張感が存在するのは否めませんでした。
そこらじゅうに「WE WANT GORKHALAND」っていう台詞が舞ってるし、ネパール系のおっちゃんらとこの話について立ち話しすると、必ず「インド人には出てってほしい」「われわれは100年以上ここに住んでるのに、かってにインドの一部にされて、それなのによそもの扱いされて、さんざんだ」とか、かなり苦い顔で言われました。
滞在中一回だけデモ行進もあって、その参加者の大半が若者だったのも、ひやっとした瞬間かなー・・・・SPARK OF VIOLENCEには、憎しみの継承が必ず関わってるから。



国境ってものについて、こんなに複雑な思いをしたのははじめてです。
宗教もねー。教えは崇高でも、導くのは人間だからなぁとか・・・なんか・・・・争いを見てると気持ちがどこか遠くに飛んでしまう。






ーーー
ダージリンに行く前に、一冊のすばらしい本と出合いました。
INHERITANCE OF LOSSという本です。
INHERITANCE OF LOSS
"This was how history moved....the slow build, the quick burn, and in an incoherence, the leaping of both backward and forward, swallowing the young into old hate. The space between life and death, in the end,too small to measure. "

これを読んだから、ダージリンに行っても、なんか政治的な話をよくしてたのかもしれません。
グローバリゼーション下のテロの話にも繋がるとこあるんで、興味あったら是非。

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コルカタに帰ってきてみれば、
一気に仕事が忙しくなって・・・・おおう。。。。。。
忙しいっていっても、いつもに比べて、なんだけどね。暑いからちょっと動くだけでも、ものすごく仕事した気になります。
30人ちかくの生徒のMAINSTREAMING(公立学校へ上げること)がはじまりました。
そしてなぜかこの時期に、いろんなNGOとの連絡のとりあいが活発になってきてます。先日も、近所のHEARING-IMPARED CHILDRENのためのNGOが行うFUNDRAISING-PROJECTについて話してこいと、一人でおつかいに出されたばっかりです。はじめてのおつかい状態です。三歩歩いては道を聞く私。そして自信満々で全然違う方向を指指すインド人。DAMN。



「今度、”あるインターン生の一日”みたいな感じで書いてよ」と友達からリクエストいただいたんで、次回あたりは、「比較的忙しい一日」でもつらつらと書いてみたいと思います。
いや、暇な一日は・・・・ほんとに・・・一日オフィスで本読んでる以外何もしてない日とかあるんで・・・そしてほんと忙しい時は昼ごはんも食べずに一日中外で仕事とかもあるんで・・・・
草の根NGOに予定なんざないみたいです。小さいとこは、とくにね。









世間はJAIPURの同時多発テロで大騒ぎ。パキスタンとのCEASEFIREがつい最近DISRRUPTされたことも火に油を注いで、西インドはまた大変な雰囲気です
[2008/05/17 18:03] IN KOLKATA(写真つき) | TB(0) | CM(0)

やっとこさの写真 

IMG_0240.jpg

RAJABAZARのスラム入り口
ここからオートリキシャに乗って奥に入っていったところが仕事場です。
まぁ観ての通り、選んで住もうと思うとこじゃありませんね?
写真の左奥に、ちょっとトタン板がかかってる部分ありますが、その中は住居です。毎日この横通って通勤してるもんで、住んでるコの顔を覚えるにいたりました。
一ヶ月後の雨期、いったいどういう状態になってしまうのか。。。。


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仕事場の窓からの風景。
まだ住居が一定の広さあって、屋根があって、床が道路からちょっと高いところにあるだけ、良い地域です。
手前に見えるコの字型のものは、トイレです。昔よりはトイレ関係はよくなったそう。コルカタの場合はどうかまだ調べてませんが、日本の国際協力銀行が、インドのスラムで公衆トイレの整備・設置を進めたそうで。それまでは、穴ほっただけのトイレが雨で溢れて汚物の波が家に侵入するとか、それまではしょっちゅうだったらしいですよ。はぁ。


とまぁ、上の写真は、スラムの外観って感じです。
誰もが抱くスラムへのイメージに近いかと思います。「あースラムってこんなイメージ」と思うような。

でも本当の生活は、こういうイメージのそのまた向こうにあって


遊ぶ子供がいて、働くおじさんがいて、泣き喚く子供がいて、笑顔で洗濯物をとりこむ娘さんがいて、

家族がいて

友達がいて

仕事場があって、

家庭があるっていう

当たり前なんだけど、そういうあたりまえの風景に

感動することが多々あります。

ゴミにまみれた汚い住居・・というイメージから、さらに数ステップ、一緒に入ってきてくれると嬉しいです。というかそういうものを書かなきゃいけないってことだよね私が・・・墓穴掘ったか・・・・・
だからスラムの外観は最初のこの二枚アップしますが、今後はたぶんあんまりのせないかと。


まぁ、写真から私の感動を伝えるのはかなり難しいし、実際そういう感動したときに限ってカメラのシャッター切ることとか一切忘れてることが多いんですけどね。
同じ場所にいても何を撮って何を露出するかで、観る人に与える影響がとんでもなく変わるよねー・・・と、この前も友達と話してました。その良い例をこの前撮ったので、今度、機会あったらアップしようかと思います。



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さてインドのことイロイロ教えてーと各方々から言われてるんですが・・・何から書いてよいものか・・・というか私コルカタしかしらんがな。。。。
物価はやっぱり安いです。新聞が一日4円ぐらい。ミネラルウォーターは2Lボトルが60円とちと高いけど、マンゴー二個で50円ぐらいだし、カレーとナンテイクアウトしても50円いくかいかないかぐらい・・?かな。地下鉄つかえば30円ぐらいででカルカッタを南北に横断できます。
これでもたぶん、地方よりは高いんでしょうね。あと当たり前だけど、輸入品買うと日本とそう変わらない値段を払うことになります。


あととりあえず狂犬病のよぼうちゅうしゃは必要なかったかなと思います。
三歩歩けば犬にあたるような数がそこらじゅうにいますが
暑さでね。。。。立ってる犬をあまり見かけないんだよね。。。。。。
人を襲う元気のある犬なんてみたことないや。
カラスのほうが要注意かと。


あとこれ東ベンガルだけなんですが、今週末、地方で選挙があるんですよ。そのせいでコルカタの中心部でデモが何回かあって、結構怖いです。
東ベンガルはCommunistPartyが支配してたんだけど、最近その勢力も弱まってきてるんですね。CPの推進する土地計画が、村で反感かってるからなんですが。Communistが支配するとこには必ず土地問題が関わってくるよなぁ・・・・
CPに対抗するBUPC(Bhoomi UCHCHD PRATIRODH COMMITTEE)って団体が、地方の村で優勢になってきていて、それに危機感を強めたCPが、相当荒い手口で票獲得しようと躍起になってるとこなんです。
BUPCを支持してる村では、CPの支持者が武器を片手に、村人の選挙カード(これないと選挙いけない)とりあげて周ったり。
CPに票入れることに同意しないからといって裸にされてリンチされた女性のニュースも、昨日の新聞の一面にどでかく乗ってました。
勿論党自体は関与を一切否定してるんだけどねー。
これらCPとBUPCの勢力が激突する地域はLAND WAR ZONEと呼ばれていて、選挙当日は大変混乱することが予想されてます。混乱・・・っていうか・・・・ベンガル地方の三万六千の警察部隊のうち半分が地方選挙の監視・警護にあてられるんだから・・・混乱とかのレベルじゃないんだろうなー・・・・ここは世界最大の民主主義国家のはずなんですが・・・・?
コルカタ自体は関係薄いとはいえ、何が起こるかわからないので、選挙当日(11日)は外国人はあまり集会してそうなとこには行かないほうがいいんだろうな。




とかいってますが
私は今夜、夜行列車で山篭りしにいきます。ダージリンへ。一足遅いGWです。避暑です。しばしさよならTOコルカタの空気汚染。

だがしかし

日本の外務省情報には危険については何もかかれてないみたいですが
ダージリンで80年代におきた事態が、最近再び繰り返されようとしている・・・みたいな空気が・・・・新聞読んでると伝わってきて・・・
まぁ、詳しくはかえってきてから。行く前に不穏なこと書くと現実になりそうで怖いから自粛。
興味ある人は調べてみてください。ダージリンとGORKHALANDででるんじゃないかな?もしくはMORCHA。
とりあえず、無事に帰ってきます。水曜日に。





[2008/05/09 19:46] IN KOLKATA(写真つき) | TB(0) | CM(8)

あーもう一ヶ月?まだ一ヶ月? 

こんにちわ。
先日、うまれてはじめてからすにどつかれたためすえです。本気でどつかれました。屋上に洗濯物とりにいったら、カラスの巣の近くを通ったらしく、本気でどつかれました。本気で怖かったです。あんにゃろう・・・・
この街はすずめよりからすの方が多いです。軽く恐怖映画のシーンみたいです。
私は今日も、低空飛行するカラスにおびえつつ、仕事場にむかうのでした。こえー・・・はんぱねー・・・





仕事は朝10時半から夕方五時まで。
今のところやってる仕事といえば、
FUNDレイズ
アンケート・インタヴューの作成と実行
ネットを通じて団体・教授とのコンタクト・連携・交渉
イベント企画(ただ今インターンが私一人なので事実上停止中)
コミュニティスクールへの出入り
たまにフィールドワーク(という名の見学)

・・・こんなもんかな。日々何かしらちまちまとやりつつすごしてます。
こちらに来て一ヶ月が経ちましたが、やっと上司にほっとかれてもやきもきしないようになりました。成長・・・なのかこれ・・・なんて低レベルな・・・・
ネットが通じなくなって、上司もどっかいなくなっちゃって、一人で留守番(鍵は上司が持ってるので部屋にいろといわれたわけで)してた時とかもう・・・「あれ私ここで何してるんだろう」と唯一の同僚・緑色のトカゲ君に向かって笑い泣きしたくなったもんだけどね・・・!今考えれば部屋の掃除でもなんでもいいからしてろという話。
図々しいまでに、しつこいまでに、自分が上司にやって欲しい最低限のことを、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し!!!!伝える!!!ことで!!!!
やっと自分一人で動ける位置に立てるんだということを学びました。じゃないと「いえーすいえーす」で次の瞬間忘れられてるから。いやまぢで。通訳できる人を紹介してくれといい続けて2週間、やっと連絡とってくれたからね。
コミュニケーション能力とは何?と考えたとき、その分野だけはかなり鍛えられそうだなぁと実感した22歳です。会話が流暢にできることじゃないね・・・・・自分の意思を相手にちゃんと伝えて相手の意思をちゃんと読みとることだね・・・ほんと簡単に聞こえて実はできてない・・・・
コミュニケーションがちゃんととれてないことを放置してて、じぶんつかえねぇなぁと一人でぼーっとしてるのは、自分にも団体にもロスだしね。時間の。




________________________________
AIESEC KOLKATAについて少し書くと、
昨年度までのメンバーは相当面倒見が悪くひどかったらしいですが(フランク・談)
今年度・・・つまり私がお世話になってるメンバーは、「いや、ほんとすいませんなんか気つかわせちゃって・・・・」と言いたくなるぐらいの面倒見のよさです。ブラボーブラボー。
空港には5人で迎えに来てたしね。深夜12時近いというのに。しかも夜遅いからって一人のうちに泊めてもらったし。
こまめにチェックアップしてくれるし、「○○とかってどこで買える?」みたいな話をすると、すぐに一緒に行こう!という話になる。SSのSHREYAはほんと長年の友達のように日々話しできる間柄になってきてて、ほんと救われてます。ボリウッドスターの好みも似てると判明したことだしwおやぢ好みはどこの国にもいるもんだ・・・・・・
日本AIESECでは普通の対応かもしれませんが、インドのAIESECだとこれ、レアみたいですよ。

日本のように、色んな学部の生徒から構成されてるわけではなく、ほぼ全員経済学部・・という「あーインドっぽいねー」といった感じです。
AIESECのネットワークも、将来の自分のビジネスプランに結び付けて活用してるかんじがして、その辺も日本のAIESECの活用と多少雰囲気が違う気はします。
インドの知識層は、とにかく外へ外へ!といわれて育ってる。アメリカかイギリスか!って。日々コルカタの風景を見て育ったら、そう思わざるを得ないかもしれないな。豊かな家庭の子供であっても、日々この二つの異なる世界を見て育つんだもん。貧富の境界線は、乗り越えるのにはぶ厚すぎるように見えるんだけど、隣り合わせに立ってるからね。



そういうわけで(?)、AIESEC・トレイニーハウス・職場(・・はまぁ子供たちと先生たちと仲良くやってるという意味で)人間関係にも恵まれた生活です。
多国籍ですが、みんな何か目的があって仕事をしてる連中なので、互いに励ましあってやっとります。
同居人の中国人GARYとも夜な夜な語りあってます。ほかにすることねぇのんよー。しゃべってないとなぞの中国粥を食べさせられるのよー油断できないのよー
小泉首相と靖国の問題は、やっぱりくるか・・・という感じで議題にのぼったし(しかし靖国がなんでそんなに問題なのかを知らなかったGARY。小泉さんは唯一名前が知れ渡ってる首相だそうで?ちゃんと説明できてたのか心配でしかたないです)
封神演義を知ってるよという話で盛り上がったときは、やっぱり色んなもんよんどくべきだなぁと実感したし(いや、漫画も読んだけど本も読んだよ!言い訳しとくと!)
将来の話とかしてると、ひたすら感銘を受けることも、やっぱり多いです。日本にいる中国人の友達と言ってることが似てたり、目指してるものが似てたりして、あぁこの子には将来の自分のステップがちゃんと見えてるんだなぁと・・・なんかデジャブ的なアレが・・・・


英会話は慣れれば簡単ですが、国関係なく、濃い話をできると、やっぱり楽しいですよね。
世界中で、自分とおなじぐらいの歳の人が、それぞれの場所でがんばってるんだなぁと。
当たり前の光景なんだけど、それをイメージすると、自分も泣き言いってらんないなあとおもうにいたります。それでなくても私、泣き言いいなんで。






あれ、ちょっと時間あまっちゃったや。(今ネカフェ)
もうちょい書きますか?
今写真アップしようとしたら、やっぱりERROR。なんじゃろかー(涙
せっかくいろいろ撮ったのにな。



もうちょい書くと・・・っていうほどネタもないんですが・・・・いやあるにはあるんだけど、仕事の詳細かいてもつまんないしなー・・写真ないとやっぱりキツイねー・・・・
安宿街で食事してると、私のような外国人とよく会います。で話をします。
スイス人の女の子インスカと仲良くなりまして。よく会うんだよ食堂で・・・
UttraPradesh(地方)のNGOで四ヶ月働いてたそうで。今はインド横断中だそう。農村と違ってコルカタは色んなものがあっていいねぇといわれました。そっか、農村部からくるとそう見えるのか・・・私は毎日Pollutionと熱でお腹一杯です・・・

都市内部のスラムっていう貧困地域での子供たちの教育を見るためにコルカタに決めた私なんですが、
貧困でいえば、農村地域の方が酷です。のどかに見えるんだけどね。この前日帰りで農村の方にフィールドワークに言ったんだけど、やっぱり大地にすべてをたよらざるを得ない生活は、コントロールきかない分いろいろときつい。医者も少ない。教師もいない。・・・日本の地方にもいえるか。違うところは、インドの農村にはまだまだ子供の姿が多いこと。
まぁこの際日本はちょっと脇においといて、インドの場合、農村の経済格差がなくならない限り、都市部のスラムも縮小はしないしねぇ・・・・
いろいろとインスカの話を聞いてたら、農村部での教育事情や経済活性化に携わってるNGOにも興味が出てきました。
幸いうちのNGO、よく言えばフレキシブル、悪くいえばゆるいので、二週間ぐらいならお暇もらえるらしいです。ので、ブッダガヤのNGOとかにコンタクトとってみようともくろみ中なためすえでした。









ミャンマーでサイクロンですってね?
これから買った新聞読むんで、まだ詳細を知らないんですが・・・死者の数ももちろん胸が痛いんだけど、自然災害の影響って長期にわたるから・・・ニュース聞いて心配で・・・・


[2008/05/06 16:20] IN KOLKATA | TB(0) | CM(4)
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